2018年9月7日金曜日

180908―追加 日本の現在・将来に集中しよう(1)

180908―追加


日本の現在・将来に集中しよう(1)

天災地変が出番と考えるチームと責任者はゆとりを
全く驚いたのは21号台風だが、それはその風速が58メートル/秒と聞いたことだ。これはいよいよアメリカ並みの強風と竜巻の時代がきた。これは時速200Kmで、ちょっとガタついた木造住宅なら、持っていかれるから、基礎からコンクリートにボルト止めしないと飛ばされる店の看板なども簡単なアルミ製だと飛ばされる。
まして10メートルの高潮だと、止められないから、逃げて高台に移るほかない。ちょうど今サウスカロライナ辺に上陸するのが150Km以上というから、米人と同様2.5センチ厚さの合板で、窓や引き戸は外枠にクギどめしないと、家が壊されてしまうのだ。

関西空港はひどかった。予防対策はかなり進歩していたし、全国への報道もよかったが、朝1番で旅行者に聞こえる英語報道が欲しかった。洋上で交通閉鎖したようだが、こちらでは旅客も合わせ4千人が孤立した。1番こたえたのは、何が起きているか分からないという不安な旅行者にたいする報道(3~4か国語)が欠けていたこと。更にまたガッカリしたのが、水や軽食などの入荷がまる1日止まって、空腹の子供をかかえた外国の夫人たちの泣き出しそうな情けない顔を放映されたことだ。
1人ボトル1本の水、1パックのランチボックスと制限としたかった。嵐が通過したらヘリかフェリーで急送で後から直ぐに来ますからといえば安心できた。空港に入れないで終わりでなく。(私は未確認のままTVニュースで聞いたことが間違っていると願いつつ意見をのべています。)
旅行者の立場で、どうして欲しいかを考えるチームがいて、対応策を実行して、それを報道して欲しい。情報だけ取って終わりでなく、放送者もさらに1歩ふみだし、何が起きているかを英語他での字幕で旅行者に知らせるのも、観光サービスだと訴えて欲しい。
日本はアジアではお手本の国です。「旅行者に笑顔で帰って欲しかった。残念だ。」と言えるゆとりのある責任者は、次回から子供ずれのお母さん優先にしよう。

現在の経済を調べ学ぶことに集中・努力した方が良い
経済の現状ひとつとっても、政治家はそれぞれの立場で勝手なことをいう。
社会人になった50年まえの友人で、勉強家だった人たちが、もう大会社(商社ほか)を卒業しているのだが、欧米の著名な意見も加えて、どう考えるかという意見交換をしている中に加えてもらった。そこのでの現在の議題にも触れたい。

➀ 経済とインフレ問題;
人の集まるところに必ず経済(お金)の問題がある。1口に経済といっても、計画経済の社会主義的な国(の集合)と、自由経済の民主国に分かれるのだろう。ここ数年危ないといわれたギリシャ、イタリー、スペインなど地中海のラテン系と、先ずは稼いで貯めてから、1部を使う慎重なドイツや北欧系がいる。
1920年代にハイパーインフレで乳母車一杯の紙幣でパンとミルクを買うなど厳しい体験を持つドイツは、何と言われても骨の髄まで慎重で、緊縮財政にゆく傾向が強いといわれる。これほど違った歴史の体験をもつ国々がEUとして纏まれるのか。

経済学の関係者はもっともな議論をするが、個々の事象の予測や問題の防止は難しい。日本はなぜデフレ脱却が出来ないかの議論も最たる例だろう。インフレは「モノの値段が上がる=紙幣価値が下がる」という紙幣かモノの供給量で変わる。実際は消費者物価指数(CPI)として決められた品目の価格の集計で物価をはかる(食料とエネルギーは供給が急変する(させうる)から除外)。シカゴ郊外の平均的なタウンハウスに住んだ時期、リース賃料を定期的に調べる調査官の電話を受けたことがある。これを全国てきに何千か万のサンプルを平均するのか、と数を実行するのに敬意を感じた。

80年代のレーガンと時を同じくしたサッチャー首相に(専門はケミスト)『貨幣とはM2でしたか』と質問されたと米歳入責任者の話を聞き、首相マターかと知った。(ちなみにM1は市中に出まわる現金と金融機関の要求払い通貨、M2はCDなどを含めたもの。)

アジア通貨危機のまえの95,6年ころシカゴ日本商工会の異業種の集まりでも、議論はあったが、日本の銀行再編のころで、国際収支が輸出入だけでなく配当や技術料などが増えて変化した時期だろうが、円/$の予測も市場任せで「為替ディーラの自分のマージンも稼ぐため、ブランコをさらに余分に振るんです」と聞いたのもこの頃だったと思う。

② 輸出も必要だが円高も欲しいから、比例代表議員が増える?
通貨・貨幣の定義があり、経済理論に基づかずデータの発表もなしで勝手な数字をだしても信用されないのは、C国が良い例である。いわゆる鉛筆なめなめというが。
東南アジアの国々は単に経済面だけでなく、契約で過剰生産品の鉄鋼品などをやすく買っても、払えないと担保に領土を50年~100年使用権をおさえるとかの形で侵略の意図が見え、警戒感が広がった。豪州も1部の島や北東の港が抑えられているようだ。米国はべつとして欧州の主要国は19世紀にはC国を切り取りで植民地にしていたから自分がやっても文句はあるまいと。C国については後述したい。
(WTOに加盟していながらルールを無視するなら除名した方がよいが、人口が多く輸入量が大きいから良いお客様だと考え欲を出し、付けこまれて1つずつ条件を削るような忖度を要求されるのだろう。)

最近は実家が資産家で、海外投資した資金が生む配当でゆうゆう食べられる個人や会社も増えたらしい。配当が安定するなら円高が好ましいが、原料・資材の輸入コストが下がる基礎材メーカも同じだ。富裕層でなくても信託などで海外に投資された年金生活者の急増も、デフレ=反インフレ=円高期待となる。

他方では加工品や完成品の典型は車だが、メーカなら円安の方が輸出しやすい。何しろエネルギーや資源がない国だから輸出は生命線だ。多くの輸出メーカやその従業員なら円安政策が好ましい。世間一般のサラリーマンなら、終身雇用なら会社の安定が最優先だと考えていたが、これも急速に変化してきている。
政治家はどの説なら自分が再選されやすいか、グループが増えるかなどと考えて、経済論の1つを担ぐ面があるのは自然だろう。声なきサラリーマンよりは、高齢者とグローバルな移転をほのめかす大手会社の経営者の声が大きく聞こえがちだ。つまりはデフレよりは低率なインフレが好ましいという結論になる筈だが、それだけでは済まないのが経済と日本である。

『危ない!バカ!逃げろ!』と怒鳴られないと危険だと感じない人達
『そう言ったらパワハラです?』
『お前はバカか?』と突き飛ばされるだろう。これが命優先のアメリカ人の常識だ。
川遊びで流されたり、海が荒れると溺れたり、台風の中で遊んでいて、こんなバカなと思うようなことで、あっけなく若者が死んでしまう。何という事だと、貧しかった昔の方が、皆が命を大事にしていたのではないかと不安になる。

普段のいたずらや遊びで、これは危ないぞという境界が分からなず、まるで生存本能はどこかに忘れてきたのかなと感じる。漫画しか知らぬと川の変化が見えないし、見ていても誰かに『危ない!バカ!逃げろ!』くらい言われないと、珍しさに魅入られて体が動かないのだ。
上述したが150キロの風は強風で、トラックを横転させ、引きちぎるキラーウインドで壮年男子でも倒されると体験させるのだ。
(因みに中西部では地下室もある戸建ての家でも、強いハリケーンと分かれば、強風で破壊されぬよう1インチ+厚さの合板を窓や戸口にクギ付し、海岸の人たちは1~2日前に100~300キロ離れた安全な場所に移動します。地下には2台の排水ポンプ付きで自動で排水します。但し南部は地下室はまれです。)

リスクテークや多様性の覗ける課外学習が増えているようだが、教育が理論にかたよりペーパーテスト中心だと、実際面での訓練や作業レベルが低くなり過ぎます。付け加えると消費者保護がたりず、投資家になるべき国民が不安になるような政策・ルールが多すぎるのでは?。
個人ではリスクを負って自由に遊ぶ。プロとしての会社の仕事ではリスク回避が多すぎないか。
『それはそれで、仕方がないか』難しい時代で、どちらに優先順位をもとめるか、比重が簡単にはいえないのだ。この辺りについて、なぜ株式投資や個人の会社を持つことも重要かについて、少し触れたい。

歴史の弱点の補強で隣国のゆすり・タカリを突っぱねて
(民間で各地に年代、文化、職種などデータを集め記録を残すサービス業をつくる)
過去は学者にまかせようと言えば、反対する人も多い。だが素人ができることは家族や先祖の残した手紙や文書(1次資料)から、その周辺を調べたり、自己体験や専門家が調べた過去との矛盾がないか位である。私のは遠縁がしらべて、初代が亡くなって302年だと分かった。調査の得意な人は、図書館などを中心にして兼業か趣味でやってみると、日本人は何でも記録しているから、かなりのデータが蓄積できる筈だ
幾つかの県のデータを集めて纏めれば、広域の歴史書が出来るだろうし、ディジタル化してあればネットで検索も可能だ。こうしたデータができれば中韓が新たな嘘をつくっても直ぐにバレルから、それを安心できる国との2,3か所に保管しておくの安心だろう。

隣国の”歴史”のように、政治体制の変化でリーダーにより専門職でも現在の立ち位置や都合で、事実の中身を南北で調整する(ストーリーを作る)と述べているケースがある(本ブログでも14年に引用した筈だ)。先ずは疑ってどういう根拠があるか調べてみる方が良い。過去の記録に興味を持つ人が中心になり、現役を退いた人も知恵を提供するとよい。
上述のデータもなりすまし防止のため、氏名など個人情報は、一定のルールで戸籍地の略号をくわえるなども必要だろう。何人かの話を読んで、各人が満足できるものを選び、あとは現在と未来だけで生きた方がスッキリ生きれると信じるからである。

日本の戦後は学者にまかせ、外国人、ことに隣国人の話は聞かぬ方が良い

だから外国人が言うことは、彼らの利害、大げさに言えば国益で編み上げたストーリで、特にC国などは初めから言葉の定義をかえたり、自国のつごうで虚構を創る。慰安婦問題や南京事件などは、数年前から調べてみて、日本の出版物で使われた写真ばかりが、日本兵による”虐殺”などいう逆な証拠に1部を使われていたり、主張されていたものばかりであった。(すべての写真の出所を調べた日本の学者がいた。これを英文化して各国の主要図書館に配布するのだ。たとえ費用が掛かっても後が楽になる。)。
日本が米国の連合ほかに戦争で敗れた1945年から、何十万という兵士や海外移住者の引き上げなどで、てんやわんやの混乱期に、隣国中・韓はそれぞれ自国の独立をした。

つまり1948,9年ころだが、それまでは日本の1部であったのに日本と戦ったとか、虚構の話で国の創設したとされている。わざわざ米国まで出かけて、<連合軍の側に立って日本と戦ったことにしてくれ>と頼みに行ったが国務長官に断られた情けない”元日本人”もいたとA議員が述べている。本当の事実を知りたければ、米国の公文書館で調べてきた人の意見を読む方が良いのだ。
当該者の語る本人に関する事は、第三者の証明がいるという部分の教育が弱すぎる。スポーツ協会の役員や理事がガバナンスの基礎、というか科学の初歩を必須にするか。
から、相変わらず「オレオレ詐欺」が繁盛するのだ。『本人が言うのだから間違いないでしょう』などと西欧人に言わぬ方が良い。頭は正常かと疑われかねない。
嘘つきのよくやる露払いの作業は、
➀ 自分のウソを薄めるために、相手のその当時の出来事がけしからんと言えるように嘘をでっちあげて、先に攻撃しておき、貴方に受け身で言い訳させる。
② そのあとに自分に関する嘘を事実だ言い、どちらが本当か分からぬように混乱させる。それから自分のウソが真実だと主張する。これはC国、K国の常套な嘘である。
 
突然、東方フォーラムでプーチンさんが「条件なしで平和条約を結ぼう」と言った。領土紛争は隣国の争いの元なのだ。北方領土を解決すれば平和条約にすぐこぎつけられるが、ボーっと聞いていると平和条約を結びたいと意欲的だという印象は与えられる。
「私の家の4つの部屋に、お宅の子が住み着いているんです。招いたときは来ても構いませんが、住み着くのは、私のルール・許可をとって下さい。」とするか、「ルールを造るのが得意な英国やノルウェーに任せますか」とするか。
あるいは「私の平和条約には領土問題が5割を含んでいます。これを後ろへ外すか、前で解決するかでの提案の用だが、平和につながる話が出来ねば条約だけ結んでも国民は喜びません.」くらいか、他にも近隣2国があるのだ。

K国の建国の歴史(創作ストリー)に都合が悪いからと、それ以前の慰安婦の作り話のすりあわせのために付き合うお人よしを演じていれば、永遠にこちらの歴史の修正を要求され、慰謝料を取られるのは御免だとはっきり言うべきなのだ。
史実にあわせた欧米の方が科学的で本流だろう。歴史家は慰安婦は売春婦だった記録=証明と、採用記録、健康診断記録複数あつめて纏めることが第一だ。1910年併合するまで、国民が飢えていた確率・統計、(確か100校以下から5千校くらいに)小学校の数の増えた推移、そこまで養育した金を返せぐらいの強気でなければ裸にされますよと提言したい。

2018年9月3日月曜日

石川吉右衛門先生の「東京大学法律相談所」への寄稿文と渡辺勲氏寄稿

180903 石川吉右衛門先生・渡辺勲氏寄稿文 

石川吉右衛門先生の「東京大学法律相談所」への寄稿文の掲載
と渡辺勲氏寄稿文 雑誌43号(平成5年12月号)に寄稿文

渡辺勲氏は本ブログ編者の級友であるが、彼が鉄声会の機関誌に掲載された石川吉右衛門教授の
寄稿文が、掲載の許可を受けたとのしらせがありましたので、貴重な史実としてシェアさせて
頂きます。(フォント、着色、スペース、1部省略は編者の一存にて行いました)
教授の勇気ある本文を寄稿いただいたこと、ご自身の寄稿に感謝いたします。

一言お断りしますが、編者としての私は、勇気ある発言と感じるものは掲載しますが、地震が起きる迄は平穏と呼ぶのと同様で、平和主義という無為で平和が実現するとは考えません。

【渡辺勲君コメント】
現役を退き社会への恩返しも出来ずに時が過ぎてゆく今日この頃、日々の報道を見る度に日本の
行く末(特に政治、行政)の現状には居心地の悪い思いをして居り、それが理由で会報に寄稿さ
せて頂きました。
人それぞれの考え方の多様性を認め、他者を感じる力を発揮して、人類の歴史をここで終わらせ
ない、という共通の認識のもとで率直な意見の交換により、置き忘れた戦後の総括と、今後の日
本の指針が見えてくることを願うものです。
併せて主義主張は人それぞれですが、赤門鉄声会の絆は変わらない、との思いをお伝えしておき
たいと思います。

寄稿文の締め切りの4月30日現在;
多くの皆様の関心事の一つは今後の北朝鮮を巡る北東アジアが、またその関連で中国、日本を含む東南アジア情勢が気掛かりですが、南北会談が終わった現在、ある意味「賽は投げられた」状況で、今がこの先人類の行く末を決める歴史の転換点にある気がします。
2005年(平成17年)にも憲法改正について拙文を寄稿しましたが、その後も中国のさらなる台頭、北朝鮮の核の保有など日本を巡る厳しい情勢が続く中で、内政の停滞と現政権による憲法改正に向けた動きが進行しています。

私個人は、現憲法、特にその前文と第9条は、この先人類の生存を賭けた共通の指針となる規範で
あり、それを日本が改めて世界に宣言し、よって日本の立ち位置を世界に明確に示すことにより、
世界の共感と支持を得る事が日本の生きる道であり、今の日本であればまだ世界に影響力を与える
事ができると思っています。
その為にも5月の米朝首脳会談による北朝鮮の生き残りの唯一の選択肢である非核化の合意が実現、
乃至はその道筋への合意が成就することを願っていますが、もし不幸にしてこれが不調に終われば
北東アジアを巡る戦争のリスク、核使用のリスクは一段と高まることになります。
まだ日本国民の理解とコンセンサスが十分得られていない憲法9条の改憲の是非につき、冷静に、
且つ観念論ではなく想定される具体的な選択肢に従った熟議が出来る時間を得る為にも米朝首脳
会談が上手く運ぶ事を願うものです。

日本は中国、台湾、韓国、北朝鮮、ロシアと国を接しており、この事実は動かせません。この先50
年もし南北朝鮮が統一されればその統一国家の今後の発展は目を見張るものになり、中国と合わせ
て極東アジアの経済圏は日本にとりとても無視、軽視できるものではありません。残念ながら今の
日本は日米安全保障条約もあり政(外交)経を使い分ける有効な手段も、技量も、ノウハウもあり
ません。

今の日本は米国の核の傘に頼っています。また日米安全保障条約の下で中国を仮想敵国として専守
防衛を越えた防衛整備を進めています。米国の傘に頼るにせよ自前の抑止力を持つにせよ、抑止力
に頼る国交は隣接する国との間ではうまく行かないと思います。日本の立ち位置を示し、重層的な国交を深めることこそ日本にとっての究極の安全保障だと思います。

私は盲目の平和主義者でありたい。ただ目先の外国からの侵略を黙って受容することは現実問題
として説得力に欠けると思います。この点現行憲法の下で自衛隊は専守防衛のための武器兵器を持
っています。外敵の先制攻撃を防ぎたい、それによる犠牲を避けたい、と言うことで専守防衛を越
えた対応をしようとすると歯止めが利かなくなり、究極的には核兵器の所有による抑止力の確保に
行き着く事になります。これは相手側も同じ事です。

現行の論議で何が足りないかと言えば、不法な先制攻撃を受ける可能性を受け入れ、それによる
犠牲を覚悟する勇気を持つ事では無いでしょうか。大災害、偶発的な事故など人類の生活には犠牲
は付き物です。人類の驕りによる混迷した地球規模のリスクを立ち止まって考えさせる事が出来るのであれば、またそのような流れを作る切掛になるのであれば、敢えて日本が、また日本国民が率先して先制攻撃による犠牲を受容することを世界に示すことこそ日本国憲法の真骨頂ではないかと思います。改憲派にはこの覚悟を表明して欲しいと思います

同時に、この具体的で尊い犠牲を意識することで政党も、政府も、また外務省・経産省・防衛省
もそれを回避する政策を必至で模索せざるを得ないのではないかと思います。私は応援部第二代
部長の石川吉右衛門先生に仲人をして頂きましたが、石川先生も平成5年の時点で既に痛切にそれ
を思われたのではと拝察致します。以下石川先生の当時の寄稿文を出版元の許可を得て転載いたし
ます。


石川吉右衛門先生の寄稿文
「東京大学法律相談所」雑誌43号(平成5年12月号)


講義中駄弁ったことども


昭和55年に退官した私は、現役諸君とは全く面識がない。しかし、法相及び諸君の先輩には親
近感をもっている。以下述べる所は、現役諸君にはアナクロニズムと寫るかも知れないが、先輩
諸氏の中には、思い出の種になるかも知れないと思って書いておくことにした。

講義中に、本題と無関係のことを喋舌る癖のあった私だが、穂積重遠先生みたいに予め準備したものではなく、学生諸君の顔を見ているうちに、ヒヨイッと出て来たものなので今から考えて見ると、面映ゆいものもあるが、そうでない(と今の私が思う)ものの少しを聞いて貰えば幸いです。

一 昨日のことだが、高級官僚が「朝飯会で」こんな話をしたら先生達感心していたよ、と得々
と話すのを聞いた。私「朝飯会って何ですか?」「党のですよ」「え?何党?共産党?」「とん
でもない、自民ですよ。」「へえ、何時から、あんた、自民党の私兵になったの!」
コメント・・・これは、自民党(正確には、その中にある人)のご機嫌を損ずると、局長はおろか
重要課長にもなれない、と思われていた時代のことである。

二 君達の中には官庁志望のものも多かろう。公務員となるからには、全身全霊をもって国民、国
のために仕事をする覚悟がなければならない。幸い、身分保障があるから、次官や局長にはなれな
くても、部長位にはなれるだろう。餓死することはない。上役には直言しろ、部下の言はよく聞け。
何れにしても、自分がよく勉強しておかなければ馬鹿にされるのが落ちだ。
コメント・・・そんなこと当たり前だ、と現役諸君は言うだろう。先輩の中には、それが難しいと
考えこむ人や、大学の先生はいい気なものだと自嘲的冷笑する人もいるだろう。

三 私は、当時の第一時限の八時十五分キッカリに講義をする事にしていた(三十年に垂んとする
全期間)。ある朝二十五番教室の一番前の列の全部の机の上にノートがおかれてあった。ピンと来
た、「占席だな、二時限目のためだ。」そこで、二列目にいた顔見知りの学生に、「その遺失物を
用務員室に持って行ってくれ、あんたが帰ってくるまで、待っている。」そして一言。「そんな学生が日本の指導者になる時代には生きていたくはない。」

四 一九五四年九月初め、伊藤、平野、矢沢君などと初めて米国シアトルに上陸した。沛然と驟雨
が来た。日本だったら、街中騒然となるだろうに、アメリカ人達悠々と歩いて雨宿りの場所を探し
ている。何と悠長なものかと驚いたが、暫くして考え直した。日本とアメリカの違いは分かったが、
どっちが世界的なのだろうか。一体世界的と言うのはあるのか。
ロンドン・パリ・ローマ・ジャカルタ、アメリカの中でも、ボストンではどうだろうか。これが、
遅蒔き乍ら私が世界の多様性を実感した最初だった。
コメント・・・人間の生き方、生き様には、いろいろの態様があり、他人、他国人、更には地上に
住む人々と共存するには、まず、この多様性を認め合うことから始めなければならないという思い
が強まっています。(自分の貧しい)物指で他人を價値評價することを急ぐと、たとえ本人は善意であっても、結果は芳しくないようです。時のアメリカ人が、無知、無教養、幼稚・傲慢などと、ヨーロッパの人から陰口された跡を、
我々が踏んではならない。日本人ばかりでなく、世界のすべての人々が、この点をもっと重視すべ
きではないでしょうか。多様性を認め合った上での切磋琢磨が、大袈裟に言えば、世界平和の基盤
でしょう。

五 君達の先輩は運が良かった。東大出だというだけで得をして来た。しかし、君達は気の毒だ。東大出だというだけで損をする時代が待っているぞ。

六 法律学科(一類?)に入った以上、司法試験位はとっておけ。いざとなれば「食いっぱぐれ
はない」という会社員や公務員は、会社や官庁は丁寧に取り扱ってくれるぞ。

七 私は、試験問題には、ケースを出して、原・被告としての法律的主張を聞く事が多い。泥棒に
も三分の理。相手方の身になって考えることのできない人間には、法律家としての資格はない。

「最後に一言。憲法9条草案について、安倍能成・南原繁・田中耕太郎の諸先生と何回も話した。他国から侵略され、男は奴隷として使い殺され、或いは、対露・対米聖戦に駆り立てられ、女はすべて陵辱され、日本国は滅亡しても、世界平和のためならば、それでいいのではないか、私は臆面もなく言ったものです。特別研究生として、兵役を免除されたという、一種の後ろめたさ(多くのいい友達―小学校以来のーが死んで行きました)も、こう言わせた一因だったと思います。諸先生方は、深く黙りこまれ、ご真意の程は計りかねました。

赤門鉄声会総務 石塚翔帆さま、東京大学法律相談所(本郷キャンパス内 電話・FAX: 03-3814-6378)、
編者連絡先;(「サバイバル時代」は主として次世代の方々に、またインターンの若者に向けて書かれ、インターンには日本、米国、ハンガリー、モンゴール、タイ他が含まれます。sk@saas.itaoffice.com)



2018年8月17日金曜日

180815追加1 日本の国や議会が正常化するには、敗戦は忘れ現在の優先順位で選択(2)、 優先順位をきめるしかない

180815追加1


日本の国や議会が正常化するには,
過去の敗戦は忘れ、現在の優先順位で選択(1)
FILE - In this undated file photo released by Xinhua News Agency, a Chinese H-6K bomber patrols the islands and reefs in the South China Sea. The China Daily newspaper reported Saturday, May 19, 2018 that People's Liberation Army Air Force conducted takeoff and landing training with the H-6K bomber in the South China Sea. (Liu Rui/Xinhua via AP, File)
議題は与党が決める原則を確認する
すべての政党が参加する日曜討論は、モデレータ(司会)が与党でないことに異論がある。議題をしぼるびは優先順位がないとできないし、与党が議題を決めてよい。
だが重要度でなく、与党に不利なことを騒ぎたい野党がいて、発言を聞いていれば、あきれるほど少数党の主張に耳を傾ける仕組みが見えてくる(南シナ海上空FoxNews写真)

国民からの立場で言えば、ミサイルが国の上を飛び続けるのかどうか、アジア最大の貿易路に立ちふさがる中国の長距離爆撃機が、公海上の違法とされた人工島の基地のうえで悠々と飛んで見せる実力示威に対し、与野党のだれも発言しない1時間の会議の異常さである。

何が言いたいかと言えば、憲法を改正して、自国の自衛軍が、米国の指揮のもとで国防をつづけ、「最大限の持続可能、検証可能な方法で半島の核兵器を除去する」という圧力をかけ続けるという日米韓の合意はくずれ、南北の境界線でのハグやパフォーマンスで先行された形で終戦の形に持ち込んで良いのか。終戦にすれば攻撃には、開戦しないと戦えなくなり、その間はやりたい放題で南を牛耳れるという北の思惑が透けてみえるのだ。

これを放置して、相変わらず議事録を書き換えないとか、モリカケを決着せねば先に進ませないとか、ただ様子見して、与党の提案してきたカジノを議論するとか、議題を決めるのや野党連合であるかのような形で”丁寧に”進めたいという。

米国の5月2日、3日は日本のゴールデンウイークだが、ホワイトハウスの動きは共和党系と民主党系ではTV局により全く真逆な報道がされており、これが日本ではどう報道されるのか、固唾をのんでいた。単に非常に興味深いというだけでは、無責任かもしれないので、感じたことを述べてみたい。

最大限の圧力とは虎の威を着て虚勢を張ることではない
こうした意味の薄い議題で、延々とどこの近隣国も関心のない議題を続けることでは、拉致問題も、竹島・尖閣も、南沙軍島の威嚇も解決はしないし、そんな国のいう事に耳を傾ける情勢ではないのだ。モリ加計で1年騒いだ野党が、協力したのは、総理の足をひっぱり議会にクギ付けにしておいて、聞こえるのは「日本抜きで米中朝韓だけでものが決まることのないように」という次の選挙での自分達への非難の先きまわり予防しかない。

せめて野党にたいし、与党が3つくらいの重要な議題を選び、自党の主張を述べて立法府の役に立つ存在を示すことが最初であろう。
司法府のやるべき許認可が適切なプロセスで行われたか、贈賄があったか、不適当な価格で払い下げられたか、合法か違法かの判断をすることでもあるまい。
ゴミ処理費が適切に見積もれるか否かなどは、非常に専門的な内容であり、土地の地質柱状サンプルを取るなどの地味な作業も行わないのをみれば、野党が事実を究明する気などはなく、自党の存在のPRをしたいだけではないかと透けて見える。

何でも泣き寝入りを平和的解決とよび、自衛隊をもっていても、相手が弾丸を撃つまで反撃させないようなことを主張しながら、「憲法改正の議論は絶対に阻止する」などという野党代表の締めの言葉をきくと、文字どおり、責任逃れ、無責任の1言しかない。
この人たちは国民の命などは関心がない、と感じさせられた。

自分を賭けなければ何もできない

米朝会談をするかしないかで、日本にとって大した変わりはないだろう。どちらにしても、安倍総理の足を散々引っ張って成功させないのが、日本式の権力を集中させない習性だとすれば、それでいてリスクをとらず、仲良くして行こうというなら、我こそはと思う人は、米国などに引っ越して、自分を賭けるほかない。

優先順位で国防と経済しかないとすれば、リスクを取らない日本人が割と抵抗なくできることは、男性がもう少し勇気をもってポジティブに強く生きる事だと思う。そして男性主導でやれることは、子供を増やすことである。昔と違い自治体からも育児の補助金が出る時代だし、農家がただ同然でやれるなら、兼業農家で働くか、何でもよいがともかく子供を増やすことである。戦後の復興ばかり念頭にがむしゃらに働く時代は終わったのだ。

外国人との方が生活しやすいかも知れぬ国
そのために日本の女性が女権ばかり主張するモンスターになりすぎたと言えるかもしれない。ならば米国、ドイツ、仏、英、ポーランド、インド、インドネシア、台湾内の現地シンパ他の親日国の女性と結婚すればよい。日本に千人単位で英語教師が滞在しているから、日本語をまなび日本の習慣を大事にしそうな相手ならよいと思う
その場合は最近テレビでも紹介された外国人にとっての奇癖があるという。欧米女性が日本の風習で奇異に感じる夫婦生活だけは変える必要があるようだ
  • それは夫婦が主体で子供は従という生活にすることだ。(法的にも大人が家庭の主役で、特に15歳までの子供は付属する未成人である。暴力生徒は校長が隠蔽せず、改心せねば排除する断固たる姿勢を示すべきである
  • 子供の出産は自宅で、母親がヘルプに来るのは良いが、原則自分たち夫婦が主体で。
  • つまり夫婦と子供が川の字に畳の上で寝ることはやめる。子供は別な個室をもつ。
  • 子供との男女混浴もやらない事だろう。
男らしい男を海外の女性は求めて、いま日本にワンさとやってきているということを忘れない方がよい。私の米国での体験では、日本は卑下することは何もない素晴らしい国だと考え、変な話は近隣国の作り話だと受け止めて、つっぱねてきた。
「自分は歴史学者ではない、現在と未来に生きることを目指している」と(ビジネスマン相手だが)米人の多くと手を組んできた。50代をすぎて維新からの日本や欧米の歴史は学んだが、それで十分押し通せると分かった。実際、近隣国の方が自国民に隠したくなる史実を山ほど抱えたウソの歴史で固めているのだ。

「侍はどこへ行った?」
働き方が変わり夕食を家族でとる普通の生活ができれば、取りあえず人口が増え始め、
無理せずGDPでもリーダ国グループに入る。それを守るために、国防をしっかりできれば
日本はもう少し引き締まった国になり、世界の人々が住みたくなる国になる。
それには男がもう少し力を馬力を出してほしい。難しいことでなく、相談はしても最後は男が決める。それには各人が勇気をもち、逃げ隠れせず、リスクを取るしかない。
最近、教育界での「いじめ」職場でのセクハラ、パワハラなど、少々社会全体が委縮するような話が多い。相撲・アメフト・レスリング・ボクシングなどでのガバナンスが揺れたが、何でも見える化すると、口先でのごまかしが出来なくなる。それならば、堂々と開き直って、賭けて生きる方が良いという事になる。

インドや中東とも友好な先は増やせる
C国は不安定な国である。人口による大国意識が強いが、資源としては人材のみで、食料・水・オイルなど輸入に頼る要素も高い。国民の強く結びつく価値観は感じない。
近隣国としては脅威感は、その無茶、横暴さ、無法さなどネガティブなものが目につくが、感動するような良いことをした事例は思い出せない。
軍事面では南沙諸島などの軍島化、ギリシャ、スリランカ、オーストラリアなどでは軍港化しかねない動きもみえ、武力的いがいの統治力は未知であるからだ。97年ころの日本と同様で、中国はこれから就労人口が減り始めるから、統治の面で不安定化しないよう祈るばかりだ。
マハティール首相は訪中時に『我々は新たな植民地主義が生じる状況を望んでいない』と共同記者会見で、「インフラ建設で影響拡大をけん制し、一帯一路での200億ドル(約2兆円)の事業費や金利の高さに警告を発した」という勇気を示しておられる。(時事速報8月20日p14)C国からアセアンの選挙のネット妨害があったという。マレーシアのマハティール氏の返り咲きの動きを学ぶ時期かもしれない。

戦争に1500年に1回負けても卑下するな
その中で、人口も同等で存在感はあるインドネシアやインドとどう組めるか。前者とは鉄道の路線の地層調査などで、騙されたと憤慨するこえが米国にも聞こえたが、ひも付きにせぬなら先に金をとるべきだったし、でなければ鉄道の所有権の一部を担保に入札すべきだったのだろう。日本の歴史的な友好国のイランやトルコは、米国とは余り友好的とはいえず、そこにロシアが楔をという動きも見えるときく。
米との同盟を上手に維持しながら、ロシアの助けも借りるのか、どんな取り組みで中国とのバランスを維持するかだ。広いアフリカでサバイブできそうな人材は少ないから、日本しかできない男の子には男らしさと基礎教育での武道と算術、国内を鍛えなおす時期だ。メディアにも女か男かわからぬ女ぽい男が増えすぎだ。
最近の対話;山繁晴/三橋貴明対談動画後半「戦後日本の研究」は優れておススメだ。http://keieikagakupub.com/38NEWSD/NEWSD_y/?s=upgrade&t=v2&email= sk@saas.itaoffice.com


多神教の生き方でもこれから国際化できる
欲をいうなら、日本は多神教の国だから、他宗教を否定はしないが、仏教の教えを主とするということ。つまりは神が宇宙・地球・人類を創ったというのは、最近は事実ではない。私見を言えば、さいきんの考古学や遺伝子学によれば、人類はアフリカからでて枝分かれしてきたのであり、白人ができたのはミルクの影響だという説もあり、「サピエンス全史」の説を説明するのは妨げない。ただ人間は修行を積んで完成するから、宗教心をもち神仏の前で謙虚にという教えは尊いし、大事にするほうが納得できると主張したい

働き方改革は、ただ残業を長くするのはやめるという事で、本ブログでも5年前最初のころから主張してきたことで、ようやく法制化して嬉しく思う。
5月19日カンヌで最優秀賞に是枝監督「万引き家族」が受賞はおめでたい。まだ見ていないが、、国として政策にする訳にはゆかぬし。13502夢のもてる社会;仕事と生活時間の切り分け 【002】http://sksknowledgetosurvive.blogspot.jp/2013/05/002.html)

「5時に帰るドイツ人、5時から頑張る日本人」熊谷徹もお薦めしたい。

2018年7月28日土曜日

中国の夢は砂上の楼閣か、胡蝶(コチョウ)の夢か(1)


中国の夢は「砂上の楼閣か」、胡蝶コチョウ)の夢か(1)
2400年前の大陸の夢が「砂上の楼閣」だったか、
民主化の夢の50年たたずに、危険信号が出ている。

その前に一言。7月18日の産経新聞の見出しによれば、<「リーマン危機予測できず、3か月前「最悪期去った」>とある。
10年まえのリーマンショックの9月15日のNY株式大暴落の3ヵ月まえ6月会合で当時の日銀総裁の予想もはずれたというから、今のC国だけの問題とも言えないと指摘しておこう。
多分現在のC国の不動産投資(特に住宅)は、すでに2~3年前からこの米国のグラフのような状態であった筈だと推測されている。もしも正直なデータが公表されていたらだが。

丁度10年前シカゴ日米協会のEC1員として、早朝の朝食会でE・フロスト女史の「アジアの新地域主義」というパネル討論があった。
南シナ海では中国艦の挑発的な米国艦への接近、すでに警戒の声が聞こえたし、米国では不動産バブルの崩壊のニュースが聞こえはじめ、今同じバブルの経験をする中国へは、カントリーリスクを感じさせられた。͡͡当時は中国への投資は、まだ「砂上の楼閣」という意見は少数で、米国の住宅産業での06年後半の崩落が、上のグラフの示すように07年始めはすでに株式市場は何かが起こると予感され、投資が見直されるのは国内であった。

中国とは取引を避け、投資しないと決めた人々
現在の中華人民共和国が占める地域は、1949年からの建国が来年で70年になるが、これほど急速に経済発展を遂げた例はないだろう。
2004~5年に上海・寧波・天津を調査し、国のリスクが大きすぎ、取引するに値しないないと決めた企業も少なくない。個人的にも最初から気がかりは、3~4点あった。

1)集会の自由を認めないこと;進出した外国企業はその国の人たちだけの結社、組合、
  協会などは認めない。問題点があった場合は有料の弁護士に相談するとしても、一般
  的な話はみなで相談しても良いはずと考えたが、答えは「No」だという。
  なにか困るから隠し禁じているのだと思うのが普通だろう。(日本国憲法で認める集
  会・結社の自由だが、それを外国企業は入ってくる時から認めないというのだ)
2)外国法人は外資口座と人民元口座という2口座を開設せねばならず、輸入した部品類
  の売買はA勘定、国内取引はB勘定という2種があり、勝手にAからBまたは逆はで
  きず自由でない。つまりABの間には壁があるといわれた。(官制2重帳簿か)
3)輸入されても国内で購入しても、売買に際してはVAT(付加価値税)17.5%が
  課税され、輸出したらその全額ではなく、15~15.5%が還付されるという。
  その額は上海市周辺だと昔は2%位だったが、10年前で3%くらいは課税される。
  他の地域では税率は違うという。差額はどこに入るのかというと、市だという。
  (輸出で儲ける国有商社の発想かと受け止めた人もあった。シンガポールには似たよ
  うな商社がある。)
4)会社を閉める場合は、資本金も海外に送金したら2度と新たな開設は認めないという
  のもおかしい。人質を取るような発想であろうか、異常な考えだと感じたものだ。
  (だいぶん後だが、実際に米国のかなり大きなメーカが進出して、同じことを言わ
   れ、同社は(リスキーな国と感じ)東南アジアの国へ移してしまったという。)
5)C国では規模の大きな産業は国有企業ばかりで、党幹部が直轄で関与するから、外国
  企業は競争にならないという話も聞こえてきた。
  • 大会社は、中国の会社と50:50の出資を要求され、何も仕事ができない現地の経営幹部が送り込まれてきて経費倒れになるばかりか、夜中に開けて入られ、設計図や重要な情報が獲られるという話は、既に2005年ころから聞いた。(なるほどメーカ歓迎か。獲れるものが多いからかなと。)
  • 日系プラスチックの工場でも、金型の摩耗が異常に早いと気づいたらしい。調べると金型が夜はべつな工場にこっそり移動して、同じ製品が偽造されていたという。価格競争で勝てるわけがなかったという嘆きの声。こうした声を種類別にまとめておく必要があったのかもしれない。
  • ソーラーパネルではドイツの優れたメーカが、コピー品の安値で倒され、あげく買収され世界市場を奪われた15175 外国企業が模造品を日本で作る自由 は制限)。Htttp://sksknowledgetosurvive.blogspot.com/2013/12/1.html
韓国でも日本の工場の製品が模倣され、製造の重要部品は、その部品の極秘な作り方を教わるため、週末だけ航空機で往復した技術者も多かったと聞いた。相互主義で、日本の会社も同一条件で、監視できるようにしなければ、全く不利なパートナを抱えることになるのだ。(この方式で食い物にされた会社は、殆どが競争できず撤退したという。)

贈収賄が日常的で契約無視、人権は認めない風土
 党員が会社の役員には入ってこないとしても、売り上げの何パーセントかを上納金で
収めよというプレッシャーがあるし、旧正月まえには一定の額を持ってゆかないと、扱いの面で差別されるという話もある。(うちの工場だけは停電がないと自慢する日系企業もあったが、蛇のみちはヘビかという感じはしたが、、)
上記の集会の自由を認めれば、いっぺんに彼らの要求されていることがバレてしまうからだし、表現の自由を認めれば、外国企業が中国進出してこないだろう。

新聞社で最初に進出を許されたA社は、その後、原稿をチェックされ提灯記事ばかり書かされ、見出しと中身が逆なものも多いのは、未だに半島の新聞も同じである。いわゆる検閲である。追って参照する記事も見出しがおかしいのは分かって書いているのであろう。
日本のメディアはC国との付き合いの長い順に汚染され、平気で詐術をする悪弊を身に着けるばかりか、民間企業の品質の検査などでも、それは日本の大メーカにも影響を与えているのではないかと危惧している。

2018年6月27日水曜日

180627 日朝と自衛;武器をもって使わない方法もある?

180627-加筆2

日朝と自衛;武器をもって使わない方法もある  

自己防衛はサッカーと似ている。相手が足を踏んでいると訴え騒がねば、相手は無視して構わぬことが多い。拉致は一方的な被害でありえ(失礼ながらメディアが騒ぐまで見ないなら)、相手も痛みのない問題と無視する態度が感じられる。
今回の米朝のやり取りでみえるのは、核があるから米国もトップが乗り出した事実と、国連もそれが世界の平和への脅威と決議したのだ。同盟国の米国の痛みに感ずる形でプレゼンを行わないと、本気で問題を解決しないというのが、世界の常識になった今後の生き方になる。
別にトランプさんに相手にされなくても良いと、国民を守る気のない議員が騒いでいる。民を代理していない民主だ。命を守るはずの看護婦が毒で人を殺す国で良いのかね。理由は『遺族への説明がいやだ、自分の勤務の前日に死んでほしい』命の価値、それを守る責任者はだれ。民が狂い始めているのか。それでは2流どころか3流国に落ちてしまう。

北朝鮮の立場からの推測
1.拉致をされた人たちは解決済み。(もう生きていないかもしれない。)
2.独裁的代表者が解決済と公表すれれば、生存を申し出にくい人もいる。
3.居ると判っていても報告がしにくい(行政官のような)管理層もいる。

日本の立場からの推測; まずは拉致問題の解決、次に核兵器の廃絶を戦後の和平交渉との交換条件とする下記の条件も考えられる。
1.核兵器を完全にCVIDのルールに従って廃絶するという条件が満たされるまで、なにも始められない、日本がやれることはない。(全くやる気がない提案とも受け取れる)
2.その前に拉致された被害者を返すまで交渉始められないとした日本の立場もある。
3.脅威になる環境(最大限の圧力)がないと動かない相手だとみえる。

米国とトランプ政権; 段階的な解決は時間が掛かり、国務長官にお任せという姿勢だが、他に急を要する問題が貿易戦争や中東あたりでありそうだというので、そちらも気になりだした可能性もある。

だが拉致のこれ以上の先送りは、被害者の家族の立場からも、国際的にも好ましい応対とも言えない。それ以前の段階的な廃絶のプロセスは米朝の交渉にも時間が掛かる様子だ。ここで考え方をかえて見てはいかがであろうか。
残された親族が生存している限られた貴重な時間を大切にして、喜んでもらえる解決を速やかに行いたい。元気で戻ってくればよい。下記は1つのアイディアである。

⓵  その間に日朝政府は過去の理由を問わず、拉致されたか否かは問わず、北に在住する(元)日本人に対し(検査により証明できた者に限り)日本を訪問したい人、家族には日朝政府はいずれに住んでもよいビザ・パスポートを発行することを(検討し)認める。
  この告知は北のテレビ・SNS・携帯電話、他の広報で1か月間行い、その費用は予算として、毎日朝夕5分30日間(上限を設けて)行うものとし、日本が負担する。その他の人は両国の政府が現在判明しているもの。(この期間は妥当な期間に訂正することができる)

北が核を持たない前提で交渉はするが変更可能とするか
以上は戦後の国交正常化交渉と並行して行うが、(後から起きた拉致は)戦後の国交回復交渉の条件から切り離す方が、(感情的)問題で複雑化せずに済む。
① 北が核兵器を持たない前提で日朝の交渉はするが、ICBMに搭載されたり中短距離ミサイルにも搭載(でき)されていると判明したら、和平協定は凍結され、日本は直ちに保有する権利をもつ。
  もし北が核兵器を廃絶しない場合もふくめ、自国の防衛のために、日本も核兵器をUSから賃貸して持ち、あるいは自己開発しバランスを均衡させる。(複数の国と共同して保有する場合も含める。)

南北が核保有を隠し持ちながら1つの国に統合するのは、日本にとっても中国にとっても緩衝地を失い最悪であろう。多分ロシアには日本から中東・欧州への物流北ルートとなる可能性は開けるが、北極ルートとの選択も残るであろう。

米中は北が核を持たない保証をどう得ることが可能か。南北が統合し核を持たぬかが明確でないなら、(米軍が半島を撤退するなら)日本は自己サバイバルのため持たざるを得ないと宣言する他ないのではないかICBMより短いミサイルに核を搭載するのも含めてだ。
それで「死んでくれ」というのは敵である。
『被弾直前に、核の搭載を気が付いた』のでは間に合わないし、1945年に原爆を2発落とされ、『平和を誓ったが、自国の存続と次世代への生存条件が変わった』というしかない。(実際領土を侵害されながら耐えろと言われた状態に近い)愛国心と自衛の意思がある人がトランプに一目を置かれる生き方なのだ。

武器を保持する者の義務                            
話が跳ぶが、6月26日富山で警部補がナイフで殺され銃を奪われ、その銃で小学校の警備員が殺害された。警官は自分も自分の銃も守れなかったと(米国なら)まず職責を責められる。警察官の仕事は法と秩序(Law  Order)を守る職務違反だからだ。自衛せず、武器も守れていないと考えるのだ。犯人を射殺するか、急所を外すかは選択でも、市民を守れるのは自分の後なのだ。(航空機の中での酸素吸入器をまず自分が付けて、次が家族という考え方と同じだ。)

拉致から市民を守るのは誰なのか、加害者が外国人と確認したら、守ってくれる人は町村の警察官でなく別人となるのだろうか。
自衛しないで済ますために、米国に守ってもらうのではない。
自衛しない国だと同盟国が守ってくれないのだ。いや守れないというべきろう。(個人レベルで云えば、自分で食餌・自助の意思のない人は―そこで生きるのを止めたとみてー助けないスカンジナビアの介護制度を話してくれた父の主治医の話に思い出す。)
なぜか?  同盟しても頼りにならない下請け関係だと、本気で組める相手にならない。殆どだれも自分を守る気がないように見える日本も、永世中立のスイスのように各人に自衛と兵役義務を課すようにしたら一度に目覚めるかもしれない。各家庭に地下壕をもつ国だから。生まれたからには命を大切に必死で生きる努力をすべきだ。そういう人は応援しよう。ボランティアはその始まりと頼もしく感じる。

北朝鮮の指導層はスイスで学んだようだ
『北がアジアのスイスになってくれるなら協力したい』と申出てはと思う。
『日本もそうするか』と訊かれたら『Yes』といえれば興味深い相手になれる。
『人口が多すぎて、世界一の高齢者人口をかかえ年金・健保で忙しすぎるが、できれば夢だ。』で時間を貰うかだ。
命を懸けた者の声は天にも届くはずで、仲介者を要しないと信じたい。

武器を持ち、いつでも使える人は襲われない。だから使わないで済むのだ。富山で最近亡くなったが、警部補の持っていても使えない武器は、やはり無用の長物だろう。持たねば襲われなかった訳だから。
急場で役立たないでは困るとなれば警官には武道と銃の定期訓練を義務付け、襲えば生身では戻れないとわかれば、抑止になる。武器で襲えばカタワ(身障者)にされる覚悟が要るとなれば、話は変わるだろう

スイスと組んで、そういう国を造るのもよいかも知れぬと思う。平和とは無防備ではない。これ以上無駄死にさせることのない国であって欲しい。(南西諸島や北海道では、集団で防衛する組織を急ぐ声もあるようで、よいパイオニアと期待したい)
バカに武器を渡さない管理能力を含め、1度でも武器の使用訓練を受けたものは定期出頭の義務を負い、(予備役として)地域外への移動などで監視ネット下に置くべきである。
江戸時代の武士の例に見る緊張感と責任感をもつリーダが10%くらいは妥当であろう。

今回の激甚豪雨での洪水情報や避難指示の情報ネットが切断された停電では、住民の回覧板のような連絡網が見直されてもよいだろう。(都市部での外国人をどう組み込めるかが課題だが、最低限の日本語もインセンチブにできる必要な条件だろう。加筆2


2018年6月19日火曜日

寄稿
名門校の学生でも返事1つで判定する寮母さん
                             下村 和弘
下村さんは常に若々しい2周り以上の後輩である。ノースウエスタン大で教えながら、腸内細菌やでんぷんなどの分野で、色々おしえてくれる研究者でもある。 シカゴ(日本人学校)双葉会でも講師を勤めておられる多能な忙しい方である。
最近はSNSが一般化しているが、下村さんは「見かけも大切」と言いながら、もう少し深いと聞こえる。(着色、見出し、フォント編者)

見た目はあなたの一次予選
最近、生徒とのやりとりをメールでよくしていて思うことがある。みんな、見かけをよくする ことを意識していない。メールで損しているなと思う。
『人は見かけではない』。私が子供の頃、 祖父母によく言われていた言葉だ。私は、これをずっと「見かけで人を差別してはいけない」と いうことだと思っていた。しかし、歳を重ね、その真意を「(良いか悪いかは別として)人は他 人を見かけだけで判断する先入観の塊である。だから『人は見かけではない』と言って戒めてい るのだ」と思うようになった。人は見かけだけではないが、見かけはとても大切であると言える のではないか。
アメリカのWork Study Student
アメリカの大学には“Work Study Student”という制度がある。私の 20 年来の知り合いの女性 は、研究室で Work Study Student の選考に長く携わっている。Work Study Student とは学内で働き ながら、収入を得る生徒のことだ。その経験は履歴書に書けるので、卒業後、就職、大学院、医 学部への進学に大変有利になる。
彼女はそこで Lab Mom と呼ばれ、文字通り研究室のお母さん 役を担っている。   学生は彼女のお眼鏡にかなわなければ、研究室では働けない。先日、どうして いつもあんな良い子ばかりを見つけられるのかと尋ねたところ、彼女はシンプルにこう答えた。
最初の15秒でわかる、その子の笑顔を見れば。」生徒の学力は大学内ではそれほど差はなく、 仕事は一から教えなければならないので、履歴書に書かれた経験は実はそれほど関係ないそうだ。 笑顔で彼女を安心させてくれる学生が一番、そういう学生は他のメンバーとも必ず上手くいくと 言っていた。笑顔には強い印象効果がある。そして、それは人を魅力的に見せる最高にして最大 のテクニックなのだ。
T大ボート部のばあさん(寮母)の人物判定
私は彼女と話をしている時に、大学時代にも同じようなことを言われたことを思い出した。私は 大学時代の 3 年半、ボート部の合宿所で生活していた。その厨房を取り仕切っていたのがバアさ んだ(自称バアさん、当時60歳)。バアさんは 30 年以上の寮母経験から、どんな学生がボー トで好成績を残すか知っていた。バアさんの口癖は、『挨拶ができない人間がボートで勝てるわ けがない』だった。そしてこの挨拶、レベルがあり、それによって受ける印象が異なるという。 ここで彼女の挨拶の基準を紹介しよう。
レベル0:おはようすら言えない。
レベル1:おはようございます、のみ。
レベル2:おはようございます、それから天気のことを話す。
レベル3:おはようございます、それから今日のボートの調子を話す。
レベル4:おはようございます、バアさんの作ったご飯を褒める。
レベル5:おはようございます、バアさんの服や髪型を褒める。

バアさんへの挨拶は、『おはようございます』と、ただ言うだけではダメなのである。この『お はようございます』の後の一言二言で、彼女に自分の笑顔を見せ、彼女を笑顔にしなければいけ ないのである。バアさんは常々『この合宿所は社会の縮図。私に笑顔でオベンチャラ一つ言えな いような人間は社会では通用しない』と言っていた。挨拶はコミュニケーションの入り口だ。人 を笑顔にする挨拶はそこからのコミュニケーションを向上させる強力なサプリメントになるのだ。
あれから30年近くが過ぎ、コミュニケーションの仕方も大きく変わった。直接的なやりとりか ら電話、メールへ。直接だったら笑顔を見られる。電話だったら、声のトーンなどで笑顔が伝え られる。じゃあ、メールで笑顔を伝えるにはどうしたらいいのか。それは、バアさんの教え『挨 拶の後に加える一言二言』がキーになるのではないか。

大学入試問題への学生からの礼状評価(シカゴ補習校)
先日、大学入試の過去問題の手書きの解説を補習校の生徒にメールで送った。その時に私がもら った返信を例に挙げて見てみよう。以下、私が考える5つのレベルだ。
 レベル0: 全く返事がない生徒。(残念)
 レベル1:『ありがとうございました。』だけの生徒。
 レベル2:『お忙しい中、大変ありがとうございました。』とやや丁寧。
 レベル3:『お忙しい中、大変ありがとうございました。わからないことが
      あったらメ-ルしていいですか?』自分の意見が入ってきた。
 レベル4:『お忙しい中、解説大変ありがとうございました。この分野、
      現地校でまだやっていないので大変助かります。』感謝の内容が
      明示されている。自分の感想が具体的。
 レベル5:『お忙しい中、解説大変ありがとうございました。手書きなんで
      びっくりしました。週末父親と格闘します。』完璧!父親と格闘
      している姿を想像すると思わず微笑んでしまう。

人は見かけだけではないが、見かけはとても大切。印象が良いに越したこ とはない。  通常、その人の印象は見た目や声でほとんど決まってしまう。 しかし、視聴覚情報のないメールの場合、受け手は何を手掛かりに判断す るのだろうか。
それは言葉だ。言葉でも目に見えない相手に自分の笑顔を 想像させることができる。自分の笑顔を相手に想像させ、それで相手が笑 顔になってくれれば、あなたの好感度は必ず上がるはずだ。     (編:渡邉和子シカゴ双葉会 日本語学校補習校 月刊高等部 vol.3 2018.6.)

2018年5月31日木曜日

180601ー追筆 勇気をもって民主と法治の国に戻ろう





180601ー追加・加筆

勇気をもって民主と法治の国に戻ろう
アメフト事件の功罪

刑法第204条「人の身体を傷害した者は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。」
これがさっさと執行されていれば、日大のアメフト事件はとっくにかたずいていた?
前科を記録するかどうかは、判例としては残しても、未成年や就職に差し支える大学生までは、司法関係者には透けて見えても、民間企業人には個人情報は記録など残す必要もないと私は感じている。

なぜならスポーツは青年の成長の過程で、選択科目としてでも身体と精神を鍛える通過すべきで、仲間を通じて常識をえるプロセスでも有用だからである。過ってのケガなどで加害してもオープンにそれを認め、謝罪する行為、それに伴う勇気も培うべき重要な人間の価値だと思う。 この加害に意図があり結果となった青年が示してくれたのは、非を認めて謝り出直すということ。この勇気さえあれば、非をみとめず逃げ回るより、はるかに多くの人の役に立てる職場もあり、将来が開けると私は信じます。(http://www.nicovideo.jp/watch/sm33248126)

なぜあれほどの大騒ぎをせねばならぬのだろうか?
5月6日のプレーでの監督とコーチの傷害罪の教唆(命令に近い指導)がその前にあり、それが週刊誌や民放で報じられた。監督やコーチなどの、周囲の様子を窺がいながら、少しずつつじつま合わせの言い訳をしてゆく周囲の大人の損得ずくな態度。これはスポーツの世界で生きるフェアプレーのルールでもなんでもない。
乱暴なショーマンシップにあふれた米国に長く住み、帰国し半年で日本人に戻る一種の精神リハビリ過程での、モリカケの騒ぎに強い違和感を感じる中、米人ならどうしたかと考えていた。

産業化したスポーツの業界に生き残りたいプレーヤーとその業界の卒業生やらが、プレーの動画を見せられて、これは「まずいでしょう」という反省もあり、30年前の同大のラグビー元選手の友人からの謝罪のメールも届いた。しかし何より本人のこのまま「放っておけない」という態度、被害者の親族やアメフト人の怒り。本人の謝罪発表がきっかけとなり、その勇気と態度が拡大しジャーナリストの中での、一石の波紋の広がりは嬉しく感じる現象であった。これが子供のしつけや学校でのいじめ防止や犯罪予防に役立てばと思う。
 http://www.mag2.com/p/news/357489/
   中学校側が「いじめではない」とシラを切り続けたLINE画像 
 http://www.mag2.com/p/news/359128               
 日大悪質タックル問題は、スポーツにかこつけた「傷害事件」だ

だが実際に加害行為を行った青年が、弁護人の同席があったにせよ、日本プレスクラブで自分の意見を単独でメディアへの、率直に意見と謝罪を(顔を見せて)のべ質疑に答えたこと。どうしてあのようなプーレの一環とも思えない唐突な、しかも後ろからのタックルという行為にでたかを知った。そこに「和をもって」の握り潰しを跳ね返す自立を感じ、感動的な勇気ある行為であった。さらに親と一緒に、被害者側の関西学院大学のアメフトチームを訪れ、また被害者にも謝罪し、救われた思いがしたのだ。そこから先は、被害者の親や周囲から、しかも若い方から順番に覚醒し、何があるべき姿かに「世間」が目をさましていったように感じた。

学生スポーツマンは勇気をもって発言し前に進もう
監督とコーチが除名されたのは5月も終わるころである。ここまでくれば大学の使命に問題があり、大きすぎて学長のガバナンスの効かないサイズは、分割すべきかという議論もありうるこれらの引き金は、加害者の謝罪の行動と被害者のコーチ・監督の「暴力行為という傷害」の指摘と、「相手の出方を見て刑事告発を」という発言にあったと感じ、法とルールの認識で優れた指導陣と感じた。
また最初から明らかな傷害の加害行為が行われたという指摘と、警察が直ちに動いていればこれほどの騒ぎも不快な思いもしないで済んだかも知れない。不正直でなければ生きてゆけないなら、違法行為を拒否すべきで、そんな部活動はやるに価しないのだ。

これは国会での大阪の1つのごみの埋め立て地の騒ぎとも非常によく似た騒ぎである。立法府内での執行部(内閣)の詐欺罪か、贈賄罪に該当するかなどの、違法性の有無を議論し判断するのであれば、立法府の国会中継というテレビショウでなく、司法の判断であるべきだとなる筈だ。お互いに気を使いすぎて勇気を失い、忖度に走る欠点は、受け身で時間が掛かりすぎることにある。それに日本国民全体が気づかせてもらったありがたい事例になったと感じた

野党の先生方にも3千ページはガバナンスには必要ない資料でしょう
立法府のしごとは学者以外だれも読まない、読めないほどの膨大な資料や記録を作り残す作業ではない。該当者が違法行為にたいし各人が自分の非を認める勇気を持ち、過ちはさっさと認め片付け、前を向いて歩こうという社会になる。責任をのがれるための、多くの作業や無駄な苦しみをしないですむ明るい社会になるのではないかと思った。アメリカが明るいのはこうした人々があふれて居るからだと。
記録は全くいらないとは言わぬ。しかし常識で考えても3千ページとかいうのは、業務日誌や個人メモの寄せ集めとしても、それを金額や重要度に応じて適切な判断資料にまとめる。民間の大手企業なら数ページに要旨をまとめて、部長クラスには2ページくらいの纏めで妥当であろう。詐欺事件の可能性でも、それ詐欺額以上の人件費をつかえない上限をつけてはと思う。3千ページの製作費は外注仕事としてもである。

アメフトの傷害プレーで、それを教唆したとみえた監督とコーチが居たため、大学そのものがガバナンスを誤解している首脳陣が多いことが判明したといえば、言い過ぎかもしれない。   そのわけは民間企業でいえば、株主利益のために会社が創られ理事=取締役が決まり、理事会が実行部の社長いか執行部の人事や優先事項をきめる。これが逆だと誤解している人が多いのが日本のメディア人や一般社員であう。つまり取締役会の会長が、組織の始まりでトップにあり、その下に社長など執行部があると判っただけでも、ケガの功名と言えるのではないか。
更に飛躍したことを言えばだが、仮にアメフトで試合に出してもらえぬ選手が100名もいたら、さっさと何でもよいから働いて結婚し子供を作ってくれたら、少子化に歯止めがかかるかもしれない。その過程でバイトを通じて自分の適性にあう職場を見つけられたら、世間で困り果てている人手不足の解消が若干でも進むかもしれない。