14048
「翼をください」日本から世界へ
(若者は再び海外に飛び立つ)
3等海曹三宅由佳莉さんの「翼をください」という歌には感動し、青年時代を思いだした。
最近の学生は日本の大学から海外へと学びにでるといういう。次世代の育成の現実はどうかを【033】にて、日本から米国への留学生が減っていることを述べたが、最近はすこし流れが変わりつつあるという嬉しい話を教育ファンドに関係する知人から聞いた。
米国の大学が学生を募集している
成績が優秀であれば、といってもSAT、エッセイなど共通申請書(Common Application)はそろえる必要はあるが、入学できるレベルであれば、国籍を問わず受けいれる有名大学がある。ハーバード、イエール、プリンストン、ダートマス、MIT、アムハーストの6校を挙げていたが、ほかにもある。
エッセイでは特に学校側が聞きたい内容は「貴方の失敗・挫折経験」だという。
失敗経験が採用の面接では大事だと(42)で述べたが、大学でもそういう質問をしているとは思いにもよらなかった。知人が募集しているのは、この次のランクだという。いわゆる総合大学というよりは、もう少し少人数で授業も学生と教授の議論から学ぶことを重視しているという。
いずれにせよ、各大学は求めるレベルに達した学生の応募を受けた場合は、次に「必要があるなら奨学金を出します」ということで、家族の所得が6万ドル以下の家庭では、全額を奨学金でまかないますというものから、色々なレベルがある。
目指すところはウオールストリートの投資での大金持ちになってもらおうと言うよりは、意図を持ったグループ・コミュニティー(共同体)を創りたいと考えているようである。
日本の学生が大きく変わったこと
2011年の東北大震災から2年半もたったが、この震災を契機に日本が変わり、学生が変わった。震災から2年半たっても、いまだに東北で各企業は何をしたのかというのが最大のテーマになり、中国やインドに関するものを追い抜いている。これは人としてあの災害をどう受け止めて、自分は何をしたのか、企業はどういう行動をしたのかを観察しているのだ。
その企業の行動を調査したいという学生が増え、同時に企業だけでなく、学生達もただ自分だけが安泰な人生を送ろうというよりは、何か世の中に役立つことをせねば、という考えに変わってきている。闇雲に有名大学から1流企業に入り、会社のいうがままに転勤を繰返して一生を送ろうというよりは、どう生きるかを考え始めたのだ。
いま米国に留学したいという学生は、半数以上がいわゆる帰国子女(親の駐在と共に子供時代に米国生活し日本に戻った人)で、そういう人の半数以上は英語は問題ない人たちだという。
このカテゴリーに入らなくても気落ちする必要はない。米国は熱意とやる気がある学生にはドアを開く学校が必ずあるからだ。
中国で学んだ人は、これから英語圏に移ることが難しければ、その中で、どのような職業につけばよいかが難しい。私見だが、法に基づく契約による取引を行う欧米の仕組みの方が合理的かつ安定しており、暴力による統治が不可欠な人治主義よりは、外国人が活躍できるスペースがあるように思う。
2014年1月16日木曜日
2014年1月14日火曜日
14047 興味と利益は同じこと
14047追加1
興味と自分の利益は同じこと
NHKが捏造ニュースで敗訴したことを批判したが、そのあとで、これは良い報道だと思うものを流したので、公平のためにも概要を述べておきたい。ご覧になった読者にはくり返しで恐縮だが、家庭でも使える内容なので繰返す。それはJapanTV1月10日報道の「深か読み」である。
ものを決めるトレーニング
「選挙権は何歳からが適当か」という議題がある。18歳から投票権という権利だけを持たせて、成人の大人のもつ義務や責任は負わないでよいか。何も知らなければ判断できないではないか。まずだれに投票してよいか分からないから、興味がないのだろうとか、議論が展開する。
今の国の財政はGDP2年分の国債という借金を若者も負わされているのだから、それを考えれば権利どころか、すでに大変な返済義務を負わされているではないかという意見もある。
「興味がない」という回答
原因は自分の利益に関係しないと思うからである。本人達が直接に関係することは、興味がないはずがないし、親や教師よりも生徒達が主体になって決めるべきだという考え方が根底にある。
「スエーデンでは修学旅行にゆく場合の内容を学生が決めている」というのだ。
生徒の中には、修学旅行に行かせられる家庭と、そうでない家庭がある。行くか行かぬかを議論し、どこへ行くか、その予算はどうするかという議論を生徒達がやっているというのだ。
大人が子供の代わりに勝手に答えをだして、それを押し付けては何も面白くなくなる。そうしていながら、最近の子はリスクを取らないとか、外国へ出たがらないとか言ってはいないか。子供の頃から自分の身の回りのことは決定プロセスに参加させるべきだという結論であった。
人の欲しがるものは何か考える
日本で教育を受けて、なまじ優等生のような気分で米国にきて戸惑うのは、こちらでは底辺の人でも知っている常識がないということ。
私のような影でいたずらだった人間は、人の逆なことばかり考えていたから多少はマシだったが、金の使い方、家や車の修理、投資、ローンの借り方、税金申告、社会貢献、、
学校では何も教えず、何も知らなかった。
イノベーションとはとか、起業とはとかいう前に、人が欲しがるものは何かを考えたことがありますか、ということである。順番が逆な感じがするのだが。
自分の出したお金の配分に「興味がない」でよいの?
字引を調べると、 Interest;興味・好奇心、金利、Interest Group(利益集団):共通の利益・関心・目的をもつ団体とある。興味と利益は同じことなのかとわかる。
興味があるという事が、「自分の利益に関連するということ」を教えることになるのだ。
政治に「興味が無い」学生は、「税金として集まったお金の使い道に興味がないということになるが、それで良いのかね」ということ。
そういえば、子供の使うものは、子供の意見をきいて考えるという意見も出され、英国では選ばれた学生は模擬選挙をやっているという。政治家も学生向けの回答と大人向けの回答を用意して説明しているという例もあった。
つまりは、物事には必ずお金が必要で、その資金・予算はどこから持ってくるのか、何を優先的に選択して実行するかを経験させてゆけば、どんな決断も難しいことではない。
ルール作りが下手だというが、どういうルールで実行するか考えさせ、作らせて見ればよいということで、素晴らしい内容であった。
興味と自分の利益は同じこと
NHKが捏造ニュースで敗訴したことを批判したが、そのあとで、これは良い報道だと思うものを流したので、公平のためにも概要を述べておきたい。ご覧になった読者にはくり返しで恐縮だが、家庭でも使える内容なので繰返す。それはJapanTV1月10日報道の「深か読み」である。
ものを決めるトレーニング
「選挙権は何歳からが適当か」という議題がある。18歳から投票権という権利だけを持たせて、成人の大人のもつ義務や責任は負わないでよいか。何も知らなければ判断できないではないか。まずだれに投票してよいか分からないから、興味がないのだろうとか、議論が展開する。
今の国の財政はGDP2年分の国債という借金を若者も負わされているのだから、それを考えれば権利どころか、すでに大変な返済義務を負わされているではないかという意見もある。
「興味がない」という回答
原因は自分の利益に関係しないと思うからである。本人達が直接に関係することは、興味がないはずがないし、親や教師よりも生徒達が主体になって決めるべきだという考え方が根底にある。
「スエーデンでは修学旅行にゆく場合の内容を学生が決めている」というのだ。
生徒の中には、修学旅行に行かせられる家庭と、そうでない家庭がある。行くか行かぬかを議論し、どこへ行くか、その予算はどうするかという議論を生徒達がやっているというのだ。
大人が子供の代わりに勝手に答えをだして、それを押し付けては何も面白くなくなる。そうしていながら、最近の子はリスクを取らないとか、外国へ出たがらないとか言ってはいないか。子供の頃から自分の身の回りのことは決定プロセスに参加させるべきだという結論であった。
人の欲しがるものは何か考える
日本で教育を受けて、なまじ優等生のような気分で米国にきて戸惑うのは、こちらでは底辺の人でも知っている常識がないということ。
私のような影でいたずらだった人間は、人の逆なことばかり考えていたから多少はマシだったが、金の使い方、家や車の修理、投資、ローンの借り方、税金申告、社会貢献、、
学校では何も教えず、何も知らなかった。
イノベーションとはとか、起業とはとかいう前に、人が欲しがるものは何かを考えたことがありますか、ということである。順番が逆な感じがするのだが。
自分の出したお金の配分に「興味がない」でよいの?
字引を調べると、 Interest;興味・好奇心、金利、Interest Group(利益集団):共通の利益・関心・目的をもつ団体とある。興味と利益は同じことなのかとわかる。
興味があるという事が、「自分の利益に関連するということ」を教えることになるのだ。
政治に「興味が無い」学生は、「税金として集まったお金の使い道に興味がないということになるが、それで良いのかね」ということ。
そういえば、子供の使うものは、子供の意見をきいて考えるという意見も出され、英国では選ばれた学生は模擬選挙をやっているという。政治家も学生向けの回答と大人向けの回答を用意して説明しているという例もあった。
つまりは、物事には必ずお金が必要で、その資金・予算はどこから持ってくるのか、何を優先的に選択して実行するかを経験させてゆけば、どんな決断も難しいことではない。
ルール作りが下手だというが、どういうルールで実行するか考えさせ、作らせて見ればよいということで、素晴らしい内容であった。
最後に少し混ぜ返すようですが、お金に関係しないことで、興味があることは、人のためにならないものと、なるものがあります。
ならない物はあそびです。なるものは仕事です。じゃあNPOは何んなのか?
お考えをお聞かせ下さい。(追加1)
2014年1月11日土曜日
14046-2 捏造報道の判決がでたNHKスペシャル (トロイの木馬が増えたー2-)
14046-2
捏造報道の判決がでたNHKスペシャル
(トロイの木馬が増えたー2-)
海外で得られる日本のニュース
その昔、NHKの紅白をビデオで送られて来たものが、唯一の日本のニュースだった時代から考えると、昨今のニュースのスピードの早くなったことは目覚しい。しかし、その中味がやらせや捏造だというニュースを「チャンネル桜」で知り、失望した。報道のあと現地で確かめたインタビューの録画で判断していただけましょう。(http://www.youtube.com/watch?v=qlnkudtpet4)
まさかのNHKの平成25年11月の捏造報道と判決
この議論は米国に在住する日本人や日系人、留学生のために筆をとる気になった4年前の話しで、最初は議論の根っこを理解するのに時間がかかったものだ。
要約すれば、日本・台湾の関係を悪化させる意図の感じられる捏造報道をNHKが行ったという批判であり、それに対する判決である。
『JAPANデビュー』第1回「アジアの“一等国”」をめぐり、日本人いがいにも台湾人を含む8389名が東京地裁にNHKを提訴[1]。日本文化チャンネル桜は1万人の訴訟委任状を以て提訴した。[12]、その後二次提訴がなされ、原告には番組に出演したパイワン族も加わり一次提訴と合わせた原告は1万300名以上(後述)。(http://ja.wikipedia.org/wiki/NHK1952)
平成25年11月28日(木)高等裁判所の集団訴訟でNHKへの判決が言い渡された。
上に簡単に述べた慰安婦問題は、日本人が捏造し韓国人がそれをマーケティング戦略として悪乗りしているもので、同じような事例を台湾との間でも捏造しようとする、信じがたい背信行為である。
市場としての中国の方が大きいから、親日の台湾よりは中国を優先するというのは、民間企業なら理窟はわかる利益追求であろう。しかし、公共の報道機関が日台関係を傷つけるニュースを、しかも事実と異なる捏造ニュースを報道したということは、この裁判による司法の独立性の記録と共に汚点として残るであろう。
NHKは競争が必要だ(報道合戦)
日本放送協会が大口株主であるようだが、政党や1部の自治体も株主といわれる。これがどれほど自治体の選挙区で有利な扱いを受けているかを調査すべきであろう。全くの中立な報道などはありえないと考える米国にいれば、NHKの中立などは期待もしてはいないが。国会中継なども1組織で行うのは疑問で、独禁法で検討するに値する組織であろう。
少女像を全米に設置して日本の併合時を非難し続けようという韓国の抗日行動を、事実無根の捏造であると反論し始めた目だった動きは昨年である。売春婦が認められていた時代に、日本の1部となっていた韓国での売春婦を強制的に駆り集められたという従軍慰安婦、性の奴隷というイメージが創作され、日本に仕返ししようという意図で、マーケッティングの道具として使われた。
(当時の事実は売春は合法な職業であり、公募された月給は現在の円で240万円相当、ビルマでは750万円で、娼婦は買い物も自由、休みには兵士と娯楽に興じていたと米国側の尋問記録が出てきた。詳しくは13044項ほか参照)。
それが如何に日本人のビジネスを妨害するか、米国市場での競争を不正に捻じ曲げるか、在米日系学生・生徒をいじけさせるかを認識して、有志が声をあげ始めている。
これと同類の捏造報道を日本・台湾の関係を悪化させる政治的意図で放映したというもの。つまりは、この報道で利益になるのは中国と親中派日本人であると想像されるのだ。
外国の利益のために自国民を欺こうという馬鹿げたことを、日本の公共放送が行ったこと自体が危険であり、腹立たしい。こんなことは競争が無いから起きるわけで、同社を2分か3分割して競争させれば自然と解決できるのではないか。
むろん有料放送という名のもとに、自社報道のPRや芸術レベルの低いグループダンスやポップなど、娯楽番組を見せられている海外視聴者の1人としては、せめて分割競争をさせて、内容を競わせて欲しいと、所轄官庁に期待したい。
米国の議会の議論を延々と報道するC-Spanのようなケーブル番組があってもよいし、もう少し真面目にやれないかと思っている。
捏造報道の判決がでたNHKスペシャル
(トロイの木馬が増えたー2-)
海外で得られる日本のニュース
その昔、NHKの紅白をビデオで送られて来たものが、唯一の日本のニュースだった時代から考えると、昨今のニュースのスピードの早くなったことは目覚しい。しかし、その中味がやらせや捏造だというニュースを「チャンネル桜」で知り、失望した。報道のあと現地で確かめたインタビューの録画で判断していただけましょう。(http://www.youtube.com/watch?v=qlnkudtpet4)
まさかのNHKの平成25年11月の捏造報道と判決
この議論は米国に在住する日本人や日系人、留学生のために筆をとる気になった4年前の話しで、最初は議論の根っこを理解するのに時間がかかったものだ。
要約すれば、日本・台湾の関係を悪化させる意図の感じられる捏造報道をNHKが行ったという批判であり、それに対する判決である。
『JAPANデビュー』第1回「アジアの“一等国”」をめぐり、日本人いがいにも台湾人を含む8389名が東京地裁にNHKを提訴[1]。日本文化チャンネル桜は1万人の訴訟委任状を以て提訴した。[12]、その後二次提訴がなされ、原告には番組に出演したパイワン族も加わり一次提訴と合わせた原告は1万300名以上(後述)。(http://ja.wikipedia.org/wiki/NHK1952)
平成25年11月28日(木)高等裁判所の集団訴訟でNHKへの判決が言い渡された。
上に簡単に述べた慰安婦問題は、日本人が捏造し韓国人がそれをマーケティング戦略として悪乗りしているもので、同じような事例を台湾との間でも捏造しようとする、信じがたい背信行為である。
市場としての中国の方が大きいから、親日の台湾よりは中国を優先するというのは、民間企業なら理窟はわかる利益追求であろう。しかし、公共の報道機関が日台関係を傷つけるニュースを、しかも事実と異なる捏造ニュースを報道したということは、この裁判による司法の独立性の記録と共に汚点として残るであろう。
NHKは競争が必要だ(報道合戦)
日本放送協会が大口株主であるようだが、政党や1部の自治体も株主といわれる。これがどれほど自治体の選挙区で有利な扱いを受けているかを調査すべきであろう。全くの中立な報道などはありえないと考える米国にいれば、NHKの中立などは期待もしてはいないが。国会中継なども1組織で行うのは疑問で、独禁法で検討するに値する組織であろう。
少女像を全米に設置して日本の併合時を非難し続けようという韓国の抗日行動を、事実無根の捏造であると反論し始めた目だった動きは昨年である。売春婦が認められていた時代に、日本の1部となっていた韓国での売春婦を強制的に駆り集められたという従軍慰安婦、性の奴隷というイメージが創作され、日本に仕返ししようという意図で、マーケッティングの道具として使われた。
(当時の事実は売春は合法な職業であり、公募された月給は現在の円で240万円相当、ビルマでは750万円で、娼婦は買い物も自由、休みには兵士と娯楽に興じていたと米国側の尋問記録が出てきた。詳しくは13044項ほか参照)。
それが如何に日本人のビジネスを妨害するか、米国市場での競争を不正に捻じ曲げるか、在米日系学生・生徒をいじけさせるかを認識して、有志が声をあげ始めている。
これと同類の捏造報道を日本・台湾の関係を悪化させる政治的意図で放映したというもの。つまりは、この報道で利益になるのは中国と親中派日本人であると想像されるのだ。
外国の利益のために自国民を欺こうという馬鹿げたことを、日本の公共放送が行ったこと自体が危険であり、腹立たしい。こんなことは競争が無いから起きるわけで、同社を2分か3分割して競争させれば自然と解決できるのではないか。
むろん有料放送という名のもとに、自社報道のPRや芸術レベルの低いグループダンスやポップなど、娯楽番組を見せられている海外視聴者の1人としては、せめて分割競争をさせて、内容を競わせて欲しいと、所轄官庁に期待したい。
米国の議会の議論を延々と報道するC-Spanのようなケーブル番組があってもよいし、もう少し真面目にやれないかと思っている。
2014年1月10日金曜日
14046 どこまで学びを拡大するのかー2-
14046
どこまで学びを拡大するのかー2-
これは個人の好奇心が限界をつくるから、一概にはいえない。深く調べるか、広く調べるかでも違うが、米人は日本人よりかなり広くものを知っているように感じる。
自分の知らないことを相手が知っていたら、「その分野は良く知らないから、差し支えない部分でよいから教えてください」というと。10分も話しを聞けば、自分ひとりで学ぶより遥かに短期間で学べる。「いま変化しているのはどこか?これからは、どちらの方向に発展すると思うか?」という質問も役に立つ。
TPPでの守りと攻めと
反対で大きな声をあげている産業は、少なくともそこに働く人達が、いままでは規制に守られて楽な仕事をしてきたと考えているに違いない。守りの姿勢では競争社会には勝てないから、国際競争になったら大変だと思っていることだけは間違いない。
交渉の中味がよく見えないが、くり返しになるが、国有企業は、その製品を海外で販売する場合は、厳しい条件をつけないと、安値の粗悪品で競争相手のシェアを奪うというやりかたに勝てない。計画経済の社会主義国が海外だけでは自由取引にただ乗りしてくるからだ。
(13040)で先述したが
① 過剰生産で単価だけさげ、安値で圧倒する商法である。製品による損害責任を負わせるべきである。単に輸出してくる場合も、製造物損害賠償保険(PL)輸出に義務つけるべきであろう。
② 付保できねば供託金などで販売額相当かそれ以上を義務付けもできる。
③ また先進国の会計原則を義務付け透明性と罰則を強化すべきである。
つまり国有企業が製品を製造販売する自由競争に参加するのは、一定の貿易原則が守られている場合であり、自国内がそうでなければ自由貿易と公平の原則からも好ましくないのだ。
例え国有企業が米国の会社を買って、米国の法律に従ってどこまで米国法人としてやれるか疑問が残るからだ。
市場に人事異動も少なくなってきている業種は伸び率が低く、イノベーションに投資する資本もないから、独占禁止法で分割し競争させた方が、活性化するだろう。国有は地域分割しかできず、価格も品質も競争がなくなるから、規模の利益を多少は抑えられる。国内で守られてきた産業の未来は衰退しかないかといえば、それはやりようで変わるだろうと思う。
例えば医療などの分野は、これからも大きく躍進するだろうと思う。iPS細胞の技術などは、人間の体のあらゆる部分を再生することが出来るようになれば、可能性は無限である。生命を創ることだけは神仏にお任せすれば、宗教家も許すのではないか。
農業についは、日本ほどコメに執着してきた民族はほかにあるまいと思う。それは食材・カロリー源としてばかりか、通貨としても長い間使ってきたからだ。しかし結果は農家を守れなかったが、もう暫くは農家を保護して、その間に自由化をすすめて、世界に飛躍を図るしかあるまい。
人口大国の義務
「大きいことは良いことだ」というが、大きいことで大国は世界のためにと様々な貢献をしてきたことは間違いない事実である。しかし、どちらかと言えば、その巨大さを有利に利用して、中小国をおさえつけ特別な利益を得ようとする個人を放置してきた面も感じられる。大きくなればなるほど、世界の独裁に近づき、それは必ず力だけで傲慢さをもった人物も増えることになる。そしてそれに我慢できない人間が、破壊的な行動をとる不安定な地域をつくる。1億人クラブでも創って、自制をする工夫を始めてはいかがかと思う。
世界の平和と友好のために貢献するには、その面からは大国間でも地域貢献の競争が必要ではないか。個人としては、誰がみても素晴らしい人も多いが、国際司法が遅れるとなかなかテロ対策がうまく進まないばかりか、まったく理由なく外国人を殺害するテロなどがはびこる気がする。
いずれにせよ、個々の構成員が謙虚で、思いやりのある、世界から歓迎される人格者を育成するにはどうすればよいのか。これは永遠の課題ではなかろうか。その仕組みつくりを大国に期待したいのだ。
どこまで学びを拡大するのかー2-
これは個人の好奇心が限界をつくるから、一概にはいえない。深く調べるか、広く調べるかでも違うが、米人は日本人よりかなり広くものを知っているように感じる。
自分の知らないことを相手が知っていたら、「その分野は良く知らないから、差し支えない部分でよいから教えてください」というと。10分も話しを聞けば、自分ひとりで学ぶより遥かに短期間で学べる。「いま変化しているのはどこか?これからは、どちらの方向に発展すると思うか?」という質問も役に立つ。
TPPでの守りと攻めと
反対で大きな声をあげている産業は、少なくともそこに働く人達が、いままでは規制に守られて楽な仕事をしてきたと考えているに違いない。守りの姿勢では競争社会には勝てないから、国際競争になったら大変だと思っていることだけは間違いない。
交渉の中味がよく見えないが、くり返しになるが、国有企業は、その製品を海外で販売する場合は、厳しい条件をつけないと、安値の粗悪品で競争相手のシェアを奪うというやりかたに勝てない。計画経済の社会主義国が海外だけでは自由取引にただ乗りしてくるからだ。
(13040)で先述したが
① 過剰生産で単価だけさげ、安値で圧倒する商法である。製品による損害責任を負わせるべきである。単に輸出してくる場合も、製造物損害賠償保険(PL)輸出に義務つけるべきであろう。
② 付保できねば供託金などで販売額相当かそれ以上を義務付けもできる。
③ また先進国の会計原則を義務付け透明性と罰則を強化すべきである。
つまり国有企業が製品を製造販売する自由競争に参加するのは、一定の貿易原則が守られている場合であり、自国内がそうでなければ自由貿易と公平の原則からも好ましくないのだ。
例え国有企業が米国の会社を買って、米国の法律に従ってどこまで米国法人としてやれるか疑問が残るからだ。
市場に人事異動も少なくなってきている業種は伸び率が低く、イノベーションに投資する資本もないから、独占禁止法で分割し競争させた方が、活性化するだろう。国有は地域分割しかできず、価格も品質も競争がなくなるから、規模の利益を多少は抑えられる。国内で守られてきた産業の未来は衰退しかないかといえば、それはやりようで変わるだろうと思う。
例えば医療などの分野は、これからも大きく躍進するだろうと思う。iPS細胞の技術などは、人間の体のあらゆる部分を再生することが出来るようになれば、可能性は無限である。生命を創ることだけは神仏にお任せすれば、宗教家も許すのではないか。
農業についは、日本ほどコメに執着してきた民族はほかにあるまいと思う。それは食材・カロリー源としてばかりか、通貨としても長い間使ってきたからだ。しかし結果は農家を守れなかったが、もう暫くは農家を保護して、その間に自由化をすすめて、世界に飛躍を図るしかあるまい。
人口大国の義務
「大きいことは良いことだ」というが、大きいことで大国は世界のためにと様々な貢献をしてきたことは間違いない事実である。しかし、どちらかと言えば、その巨大さを有利に利用して、中小国をおさえつけ特別な利益を得ようとする個人を放置してきた面も感じられる。大きくなればなるほど、世界の独裁に近づき、それは必ず力だけで傲慢さをもった人物も増えることになる。そしてそれに我慢できない人間が、破壊的な行動をとる不安定な地域をつくる。1億人クラブでも創って、自制をする工夫を始めてはいかがかと思う。
世界の平和と友好のために貢献するには、その面からは大国間でも地域貢献の競争が必要ではないか。個人としては、誰がみても素晴らしい人も多いが、国際司法が遅れるとなかなかテロ対策がうまく進まないばかりか、まったく理由なく外国人を殺害するテロなどがはびこる気がする。
いずれにせよ、個々の構成員が謙虚で、思いやりのある、世界から歓迎される人格者を育成するにはどうすればよいのか。これは永遠の課題ではなかろうか。その仕組みつくりを大国に期待したいのだ。
2014年1月7日火曜日
13045 日本人の(国際)政治参加? (守りたくなる価値を失うな)
14045
日本人の(国際)政治参加?
(守りたい価値を失うな)
今回非常に驚いたのは、安倍総理の靖国参拝に関する国民からの賛否であるよりは、「失望した」という大使館の意見表明に対する反応である。国内でより対外的に反応する方が無難というのか。
外交問題への市民参加?
つまりは、自国の首相の行動に対する賛否の評価よりは、米国の大使館のコメントに対する反応の方が遥かに激しいものであったことに対してである。
そのFaceBookの反応は非常に感情的で、こんなことで宜しいのかなという印象をうけた。
隣国の習慣が感染したのかもしれないが、もう少し冷静であって欲しいと思う。というのは、米国民と日本国民とのあいだのやり取りでも、もう少し礼をもって接するものだと思っていたからだ。
外交的な分野は非常に複雑だから、私は余程のことがないと、自分の意見の形成にも公表にも慎重である。国内問題では差しさわりがあるからと、遠慮してものを言わずにいた人が、突如激しい言葉で相手をののしることが、まともな自制ある日本人のやることだろうか。相手に怒鳴り込む前に、少し時間をかけて、自分が日米のケンカに参加して、騒ぎが大きくなって喜ぶのは誰なのかを一寸考えてみる方がよい。
そうはいうものの、政治に参加してはっきりモノをいう人が増えることは良いことなのだろう。靖国は特別な場所である。いまだに多くの日本人の心の中にも『靖国で会おうと』死んでいった身内がいたりで、非常に深い傷がある。
それに対しどう行動するかは本人しだいという面があると私は思う。戦後60余年で首相の参拝に賛成する人が80%になったというあるネットの記事をみて、時代が変わったなという印象をうけたが、それでも無言を続けている人がいるのだ。
礼を忘れないで発言しよう
米国大使館への意見発表は、貴方の兄貴や弟への意見をいうのとは同じレベルではないと思う。日常的に罵詈雑言を投げ合っている、どうにもならない弟分の隣国との意見交換とは違う。
昔から礼節の国とされてきた日本人が意見を述べるときは、それなりの礼をもった表現であって欲しいと思う。米国でも意見交換する場合は、ことに文章にのこる場合は、お互いにかなり気をつかった言葉のやり取りをするのが通常である。
いままでどんなに我慢に我慢をしてきた場合でも、一気にその胸のつかえを晴らすような表現は控えたい。米国に在住する日本人は、米国内でも近燐国からの様々な攻撃を受けて、それに反論を始めている。捏造に基づくものと個人的には確信する場合であっても、文章で残す場合は、どこで貴方の人間像の1部であると言われても困らないような思慮をもって表現するよう心がけざるを得ない。私もできる限りそのように努力したいと思っている。
どんなに立派な内容のあることを語っても、その選んだ言葉や表現の仕方で掃き捨てられることのないようにしようではありませんか。
どこまで守ってくれるかは分からなくても、どんなにおかしなことを言う人間がいても、地球上で日本を守る約束をしてくれている貴重な大国だからである。その意味でも、守りたくなる価値をもった個々人が住む国という位置づけを維持したいと思う。
日本人の(国際)政治参加?
(守りたい価値を失うな)
今回非常に驚いたのは、安倍総理の靖国参拝に関する国民からの賛否であるよりは、「失望した」という大使館の意見表明に対する反応である。国内でより対外的に反応する方が無難というのか。
外交問題への市民参加?
つまりは、自国の首相の行動に対する賛否の評価よりは、米国の大使館のコメントに対する反応の方が遥かに激しいものであったことに対してである。
そのFaceBookの反応は非常に感情的で、こんなことで宜しいのかなという印象をうけた。
隣国の習慣が感染したのかもしれないが、もう少し冷静であって欲しいと思う。というのは、米国民と日本国民とのあいだのやり取りでも、もう少し礼をもって接するものだと思っていたからだ。
外交的な分野は非常に複雑だから、私は余程のことがないと、自分の意見の形成にも公表にも慎重である。国内問題では差しさわりがあるからと、遠慮してものを言わずにいた人が、突如激しい言葉で相手をののしることが、まともな自制ある日本人のやることだろうか。相手に怒鳴り込む前に、少し時間をかけて、自分が日米のケンカに参加して、騒ぎが大きくなって喜ぶのは誰なのかを一寸考えてみる方がよい。
そうはいうものの、政治に参加してはっきりモノをいう人が増えることは良いことなのだろう。靖国は特別な場所である。いまだに多くの日本人の心の中にも『靖国で会おうと』死んでいった身内がいたりで、非常に深い傷がある。
それに対しどう行動するかは本人しだいという面があると私は思う。戦後60余年で首相の参拝に賛成する人が80%になったというあるネットの記事をみて、時代が変わったなという印象をうけたが、それでも無言を続けている人がいるのだ。
礼を忘れないで発言しよう
米国大使館への意見発表は、貴方の兄貴や弟への意見をいうのとは同じレベルではないと思う。日常的に罵詈雑言を投げ合っている、どうにもならない弟分の隣国との意見交換とは違う。
昔から礼節の国とされてきた日本人が意見を述べるときは、それなりの礼をもった表現であって欲しいと思う。米国でも意見交換する場合は、ことに文章にのこる場合は、お互いにかなり気をつかった言葉のやり取りをするのが通常である。
いままでどんなに我慢に我慢をしてきた場合でも、一気にその胸のつかえを晴らすような表現は控えたい。米国に在住する日本人は、米国内でも近燐国からの様々な攻撃を受けて、それに反論を始めている。捏造に基づくものと個人的には確信する場合であっても、文章で残す場合は、どこで貴方の人間像の1部であると言われても困らないような思慮をもって表現するよう心がけざるを得ない。私もできる限りそのように努力したいと思っている。
どんなに立派な内容のあることを語っても、その選んだ言葉や表現の仕方で掃き捨てられることのないようにしようではありませんか。
どこまで守ってくれるかは分からなくても、どんなにおかしなことを言う人間がいても、地球上で日本を守る約束をしてくれている貴重な大国だからである。その意味でも、守りたくなる価値をもった個々人が住む国という位置づけを維持したいと思う。
2014年1月4日土曜日
14044 人とどこまで違ったことをやるか
14044(加筆1)
どこまで人と違ったことをやるか
人材の能力・適性の判定と教育とのギャップ
大学で受ける教育と実社会の求める能力のギャップはミステリーに近い感がある。
文系、理系、医学系、体育系、芸術系などに大きく分けられているが、生きている人間の能力の、どの部分がどの業種、職種にピッタリかということは、想像するより遥かに難しい。なぜかといえば学問として学ぶのは過去形で、現実の職場は動いているからである。それで(26)では、新たな勉強する分野を獲りに行く方がよいと述べたのだが。
同じ営業部でも、それぞれの業種の企業、その中の職種で変わる。消費者向け、企業向けの違いや、食品、医薬、家電品、自動車、機械類、で梱包も違えば展示も変わる。 製造はもちろんだが、サービス業なら更に多様である。
数学者のすすめ
世界的に著名な数学者故小林昭七先生の「『顔をなくした数学者』数学つれずれ」を弟さん小林久志氏(プリンストン大名誉教授)に頂いた。その末尾資料として1997年UCLAバークレー校教授時代に次のように述べておられる。以下要点のみ;
《学生を(A)数学を創るグループ、(B)数学を使うグループ(多くはこのグループ)、(C)教養として数学を学ぶグループに分ける。
その中で、《大部分の数学を必要とする学生》は、理、工、医、薬、農、経済などの学部は必須科目でもあるから4ないし8単位の必須の数学があり、微積分や線形代数などのコースを取る。(略)1960年代に米国で「第1次大戦は化学の戦い、第2次大戦は物理の戦いだったが、第3次大戦は数学で勝負が決まるだろう」と不穏なことをいう人もいたとある。
またコンピューター産業でも競争はハードウエアからソフトウエアに移りつつあるし、数学的アルゴリズムを特許で押さえることの是非が問われているといわれる。
経済学部では先述の微積分と線形代数は必要だと。また数学が必須でない文科の学生
は少々微積分・線形代数をやるより、数学史からF.クライン『高い立場からみた初等数学』、L.ホグベン『百万人の数学』、志賀浩二『数学が育っていく物語』、H.ワイル『シンメトリー』をすすめられる。
(筆者の独断だが、理学部(数学系に強い)の人は、法学部や経済学部の人が就く仕事の分野でも力を発揮できる筈だ。なぜなら、商法上の詐欺・手形犯罪、成りすましの詐欺や偽造など刑法上の様々な犯罪は、どのような法制度の違いで起きるか、使われる手口などもビッグデータの分析で分かれば、予防策が考えうる。
ITだけでなく統計や確率など需要予測・企画・政策的な判断にも大きなアドバイザーになって貰えると感じている。)
チャレンジと横展開
異業種へのチャレンジか、新商品(業種)へのチャレンジか?
(筆者の独断だが、理学部(数学系に強い)の人は、法学部や経済学部の人が就く仕事の分野でも力を発揮できる筈だ。なぜなら、商法上の詐欺・手形犯罪、成りすましの詐欺や偽造など刑法上の様々な犯罪は、どのような法制度の違いで起きるか、使われる手口などもビッグデータの分析で分かれば、予防策が考えうる。
ITだけでなく統計や確率など需要予測・企画・政策的な判断にも大きなアドバイザーになって貰えると感じている。)
チャレンジと横展開
異業種へのチャレンジか、新商品(業種)へのチャレンジか?
例えば水中ポンプを軽建機としてレンタル業界に販売するのと、異業種の土木現場での排水用に販売するのは相手が違う。しかし何れもB2Bで業務用ですから、最近はネットでの販売も可能になり、ユーザーが調べて見積もりを要求してくることもある。
これを家電品として一寸大きな家に住む人たちの地下室の排水の為に販売すると全く違った業種に売り込むことになる;いわゆるB2BからB2Cに変わると、売り方も修理サービスもまったく変わる。それでも商品を変えずに、売り先を変える方が楽だという考え方がある。
対象的なのは新商品を同じ業種に持ち込むかというチャレンジになる。
例えばレンタル業界へポンプとは違うペンキのスプレーを売る。違いはセールスマンが商品のエキスパートとして生きるか、顧客との人間関係で生きるかという違いで、会社の規模にもよるが、レップという代理店がどちらも扱う場合もある。それは販売コストがどちらが安く効率がよいかで決まる。
営業マンより戦略が得意な人
ドラッカー教授は、「会社の機能は基本的にはイノベーションかマーケッティングしかない」と云われたそうだが、戦略的な思考やクリエイティブな分野の得意な人は、マーケッティングである。
一般には同一商品を異業種にというチャレンジの方が、異なる商品を同じ業界に売るより効率がよい。新規の業界に参入し違った商品を売るのが一番打率が悪い。
つまり一般の米人が成功しやすい転業を順に並べると、
同一商品・地域拡大>異商品・同一業種・同一地域>新規商品・異業種の順に成功するといわれる。これは個人で何かにチャレンジする場合の考え方の参考になると思う。 そういう私も40代のはじめ、シカゴ郊外で日系消費者向けレンタル店をJVで始め『いらっしゃいませ』がスムーズに出てこず、自分はリーテールには向いていないと感じた経験がある。気持よくコミュニケートできる相手は、永年の付け合いで形成されるように感じる。
つまり一般の米人が成功しやすい転業を順に並べると、
同一商品・地域拡大>異商品・同一業種・同一地域>新規商品・異業種の順に成功するといわれる。これは個人で何かにチャレンジする場合の考え方の参考になると思う。 そういう私も40代のはじめ、シカゴ郊外で日系消費者向けレンタル店をJVで始め『いらっしゃいませ』がスムーズに出てこず、自分はリーテールには向いていないと感じた経験がある。気持よくコミュニケートできる相手は、永年の付け合いで形成されるように感じる。
愚痴や悪口は自己不安から派生するように思われるから、それを体内に入れないためには、スポーツが役立つ。《愚痴や悪口、噂は弱者のシンボル》と考えて、よい方になることを祈ること。神仏を使うのは不遜だが、信じれば救われるためにおられる。私はそう考えるようにしている。
2014年1月1日水曜日
14043 仕事をなぜ面白くできないのか?(これは弊社の案内に載せたブログです)
仕事をなぜ面白くできないのか?
これは弊社の案内に載せたブログです)面白くないのか?(これは弊社の案内に載せたブログです)面白く出来ないのか? |
仕事をなぜ面白くできないのか?
最近の米国一流大学でMBAを取ったエリート学生は、その過半数が中小企業やワンマン企業に就職し、会社を大きく伸ばす仕事に従事していると言われます。
会社によりカラーが違いますが、歴史の長い大企業ほど安定はしているが面白みがない会社が多いのはなぜか。私自身の15年間トップクラスの日本商社(日本で5年半、米国10年)での経験と、その後25年の創業したコンサルティング会社、他社との創業・経営などの経験をまじえてお話します。
日本の大企業の場合 入社して半年か1年やればわかる仕事を3年もやり、何か新しいことをしなくてはと考え始める。そこで、米国の専門誌の記事を翻訳して顧客に差し上げた。その1つにリースに関する記事があり、これはその後25年以上役立った。(私は6級のソロバン試験に落ち、創業以来初と言われた。) 職務階層が多く各人の職務(責任)範囲が非常に狭い まず入社して1つの部署に配属されますと、その部門の課長(チームリーダーなど呼び名はさまざま)のもとで10名くらいのチームに入ります。1課、2課という場合もあります。米国ではマーケティング部であれば、商品企画・競合先分析・販売促進・価格政策・プロダクトサポート(修理・サービス・保証)他の課に分かれています。 このそれぞれのチームの中で、例えば価格政策という課では、競争相手の製品や部品の価格を調べて、だから自社の部品を幾らにすべきかということを、相手メーカー別に調査します。 これが営業部に配属されると、どの地域またはどの顧客にOOを売って来いということで、販売に必要な商品知識を身につけたら、あとは顧客周りを徹底的に実行する。 米系だと25、6才でMBAなどをもった人間は、いきなり課長クラスでスタート。競争相手に勝って、自社品を売り込むためにあらゆる(むろん合法的な)手段で売り込む。成果次第で30才で部長ということもある。しかし、日系だと年功で課長は40前後であるが、2~3年もすれば大体分かったという範囲の仕事ですから、課長になるのは40才だとか言われると、25才からの15年間どれだけ飛んだり跳ねたりしても、時間待ちです。この15年の時間は本当に無駄に長い。 決定範囲が狭く、多くの職位の人が判断に関与する 日本での経験でしたが、産業機械部とかいう50~80人位の組織があり、そこには8~10人くらいの業種別の課が8課あるというのが平均でしょう。 全体を取りまとめる部長の下に部長代理、課長、課長代理、係長、主任という6階層がシンプルな大会社です。ひどい会社になると、部長代行、次長、課長補佐などが加わり、9~10階層です。 この階層の多い弊害は、どの階層が何所までの範囲の決定権(責任)を持っているかがあいまいで、会議で決める。 稟議書(りんぎしょ)という立案書が下から順番に9段階上がってゆくので、モノが決まるのに時間が掛かりすぎることです。 問題が起きるとお互いに責任の押し付け合いが起こり、結局担当者が悪いという結果の評価になり勝ちです。判断の訓練はなく、権限はあまりないから任されず、責任だけとらされて面白いですか?
私は30前に米国に来て、最初は日本向けの仕事をやりまして、それが運良く支店利益の3分の1くらいまで利益をあげるようになった。もう何をやってもいいから、ここから先は日本品を売ってみろという異例な指令で、ここからは前例のないことばかりのチャレンジでしたが、これは異例なので、一般的な話しに戻します。
40才以上の管理職は同じポジションに滞在は3~5年 課長クラス(38才~42才)で3~4年、部長代理1~2年、部長になって3~5年で、 53~55歳で役員(取締役)にならないと、ラインから外れます。メーカーでは55才定年制を取っている会社が多く、ラインでない個人は55才を過ぎると個々の長所や専門知識を生かした特別職になります。全国大体こういう流れでしょう。 長所・短所 ① 長所;寄らば大樹という言葉どおりで、安定している点が最大の長所です。また超一流の日本の大手100社に入れば、給与がそこそこに良い点です。本社には一流大学を出た優秀社員が集められ、競争しますからレベルが高いと言えましょう。 最近はボーナス(年俸の約1/4~1/3をボーナスと呼んで年に2度払う制度)は業績によって増減が激しくなりましたし、一番安定していると言われてきた銀行を始めとする金融業でもリストラも行われるようになりましたので、何所まで安定かは疑問も出ています。 ② 短所;上述したように組織が大きくなると、部署が細切れになるため、それぞれの責任範囲が狭くなり、上司の決定範囲が非常に狭いため、決定がその上に廻り時間が掛かりすぎること。自分の範囲も狭くなるため、仕事の達成感がない。 トップの異動が3年くらいで起きるため、その都度ガラッと方針が変わり勝ちです。特に海外子会社では、派遣されるトップによって、方針が180度変わることも少なくない。 新任は前任者と差をつけるために、前にやったやり方を否定する傾向があるため、3年ごとに現地社員は振り回される結果になります。 プラス評価よりはマイナスの減点評価の比重が増えること、仲間同士での他人との間合い、常にお互いに見られている感じがストレスになる等です。 色々と工夫していますが、「階層が多いために仕事が面白くならない」という構造を変えるのは歴史の永い会社ほど大変で、結局新しい会社を作った方が早いでしょう。 中小企業の場合 組織・階層が少ないためトップに近い 中小企業は日本では300人以下、米国では500人以下の会社で、60~80人の部でいえば、5~6部で構成されています。一人か二人の副社長か専務か常務がいれば十分です。(通常は経営責任は営業系・付加価値=製造系・経理系に分担されます) 部には10名位の課があるとしても、全体で30~50人の課長です。 つまりは、新入社員でも3~4階層上はトップ経営者ですから、大企業の6~9階層とは違い、トップの意見や考え方・経営に近く身をおき学ぶことが出来ます。 この点では、中小企業の方が米国的で、早くから判断業務にも参加できます。 任される範囲(責任)が広いため視野が広がる 組織が小さいことの裏返しですが、営業担当に配属されてもアンテナを高く張っておけば、製造部門や商品開発など、あらゆる話に巻き込まれますから、それだけ違った分野の人たちとの接触も増え、経営決定に早くから参画できます。 決定が早く、結果が見え易い 階層が少ないため決定が早くやりがいがあり、アイディアさえ良ければどんどん実行できます。 長所・短所 長所;上に述べた特色は、総てスピードの速い経営に向いているので、長所でもあると言えましょう。トップに近く、自分の意見が反映されやすい点、組織は150人までは個人的な友人に出来ると言われますので、その意味での個人的な触れあいがあり、楽しい職場となります。 短所;トップがNOという場合は、ソレマデですから、良くも悪くもワンマンになる傾向があります。トップから<あれは駄目だ>と烙印を押されると挽回が難しいという点です。 これからの職場 80年代はソフトバンクやリクルートが新たな旗手として注目されてきましたが、90年代バブル後や08年のリーマンショック後のリストラされる親父を見て育った現在の20~40代の若者や中堅が、大手企業の"安定"を信用しなくなり、急速に日本も米国的な職場環境や考え方を創りつつあるように見えます。 皆さん大企業に入りたがるのは、親父さんが90年代や2009年の不況での経験で、転業に苦しんだために、入るなら大きい方が安心だという事でしょう。 私のようにマイペースで仕事をしたいと考えた人間には、それよりは自分で転職したり起業してはいかがかと云いたいのです。人間、お金も大事だが飢えて死ななければ、やはり夢があって面白く仕事はしたいという事だと思います。 ナンバーツーでもいいという人もいるでしょうが。 経営者の仕事は適材をえて、いかに1つの方向でがんばってもらうか、元気付ける仕事です。 (ながく同じ職場をと考えても、商品や技術には寿命があり、それは別に会社を維持するには利益を上げて業績を伸ばしてゆかねばなりません。) 嫌な仕事や苦しい場合にも、それに耐えて、どうブレークスルーしてゆくかを工夫するところに進歩があります。そこに面白さを発見できる能力を身に付けるから面白い。 会社は大きければ良いとは思いません。私が社長を兼務したN社は15億円位の売上げになり、『本社の役員も』などと言われたので10年で辞めてしまいましたが。 しかしどんな仕事でも、顧客にも強制され、そこに隷属するようであってはいけない。活き活きとした生気を失ってはならないのです。 それで、元気で楽しく活き活きと仕事の出来る職場を創り上げるにはどうあるべきか、皆が入りたがる会社をどう創ってゆくかです。これを上記の15年間で学ぶのです。 |
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