2013年11月30日土曜日

13033 リーマンショックを予想していた人達

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住宅産業ではリーマンショックを予想できた人たち

自動車産業の景気動向は誰もが注目する。しかし中期では住宅建設は返済が長い延払いで、金融業の長期動向を予測するのに役立つ。せっかく事業がうまくいっていても、個人投資が減っては悲しいので、自分の指標としたものを参考までに述べる。

ビジネスマンは悪い予感はしゃべらない; 30代で建機の業界に数年身をおいたお蔭で、多少は金融サイクルの波からの好況不況を観る目ができた。
住宅着工が激減するのが2年早い06年後半から分かっていた建設業の人たちはリーマンショックでの株式暴落のロスは避けられた。不況の予想をする評論家は多いが、皆が不況になると考えて買い控えれば、本当に不況になるから、それは困ると考える人は、公には発言しないのだ。

皆が儲けた訳ではないが、実際にリーマンショックのあと、銀行株(シティーバンク他)2ドル~10ドル以下に下がった株を、1万株くらい買い、5年も待てるならばだが、今は20~40倍になっている。

何故住宅着工数か

何がそんなに役立つかといえば、米国の金融業界の先行きは、住宅の建設許可、着工数でかなり正確にみることが出来る先行指標とされているからである。

自動車の売れ行きも確かに景気の波に影響を受けているが、住宅ほどの長期ローンではない。むしろ短期の動きで株価に近い動きをしている。

右のグラフは何れも米国商務統計によるものだが、2006年の後半には、住宅着工件数は半減という急激な落ちを示しているが、自動車の落ちは比較すれば緩やかである。(グラフ作成者の記録を失いました。出典を表示致したく、ご存知の方はsk@itaoffice.comまでご連絡お願いします。)

カリフォルニア州ではまだ住宅バブルが盛んな07年ころ、シカゴの人達は住宅着工から建機販売の激減をみて、株式投資などは1年以上早めに手仕舞いが出来たのだ。自動車の売上げ台数は本格的に下がり始めたのは07年だったから、可なりの損害を受けた筈だ。

2013年はどうなるか
2013年後半の現在もその再現で、それは既に2012年に前連邦銀行のグリーンスパン総裁も含めて、来年はインフレが襲うであろうという予想をする人がいる。

しかし、2013年の住宅着工件数はゆるい回復中で、全体の着工数は100万戸ではピーク時の半分で低いから、一部の地域ではバブルがあっても、全体としては金利が上がらなければ、回復が進むと観られている。もし落ち込むとすれば、外的要因ではないか。

ニューヨークにも異変  

70年ころといえば、そのころ生まれた人は40代になるが、世界の金融の中心として、また大企業の本社がひしめき、メディアやファッションの中心でもあった。だが私は赴任先としてNYもロンドンも魅力を感じなかった。単に天邪鬼だったと言うより、そこから戻ってくる商社マンが、殆ど英語を使わないで滞在できたと聞いていたし、実業に近い産業に興味があったからである。   

今日もある日本の有数の建築会社の方の情報では、日本からのニューヨーカーはどこに行ったのかという話題で、
『やはりシェールガス・オイルのヒューストンですね。鉄屋さん、商社さん、エネルギー関係者、皆です。ニューヨークにはかっての日本の洋服メーカーも、証券会社も、半減どころではない減りようです。製造業は中西部や南部、残っているのはメガバンクくらいですか。』
という話しであった。ファッションやレストランなどは華やかではあるが、エネルギーは強力だ。

ということは、ゴールドマン・サックスなどデリバティブやヘッジファンドで脚光を浴びた米国の金融業の花形の手法を、日本の金融界は学びそこなったというか、学ばずに済んだというべきか。
その意味では、年金などの投資先も本来の地味で着実な生き方でゆけそうな感じがして、ほっとさせられた。余談だがではなぜか日本の証券界が振れるのは、配当利回り中心、従業員当りの利益額という投資指標になっておらず、短期的なガサねた情報で変動するからではないか。
信託(多数の株式投資をする)の中味が、何をいつ売買したか分からない部分がトレーサブルでなく不透明だからではないか。  


2013年11月27日水曜日

13032-1日米の外にも付き合いを

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違った国との付き合いも増やそう

私は永く米国に住み半分米国人ではないかと思う部分がある。しかし年をとるにつれて、食事や風呂、穏やかな生活などの面から、やはり日本人だと思う部分も増えてきた。

ロシアや東欧との交流も
ロシア人は日露戦争など色々と対立してきたが、世界に先駆けて有人飛行士で地球を外からみた人達であるから、技術力も優れていると敬意を持っている。クラシック・バレーや体操は歴史的である。たぶん雪の深い冬の仕事なのだろうが、こけしの中をくり貫いたマトリョーシカとかいう人形を作っているのも興味深いし、最近はアニメを研究する若者がいる。

資源国としてよりは、消費国として生活の楽しみや子供の将来の夢を育む方向で、日ロ協働のベンチャーを始めたらよいと思うので、柔道家のプーチンさんにはそうした方向で、TV報道を教育のツールとして許可することを期待したい。
資源とかインフラのビジネスだと、どうしても「,国力」の押し合いというチカラ技になりがちだが、楽しく愉快に生活する文化を日ロでも開発してはどうだろうか。最近のDNA研究で日本人の先祖は北方アジア系という部分も多いらしいから、文化的な交流も広げられるのではないか。

ロシア語はアルファベットの文字数が多く難しいと5ヶ国語を勉強した父から聞いたが、日本語は漢字いがいは易しいから、コミュニケーションでも役立つのではなかろうか。他方で文字数が多いと思考が深くなるという意見も読んだことがあるが、ソフトの開発には可能性を感じる。
温泉も好きなようだから、年寄りには暖かい九州で温泉めぐりや、若い人には武道・禅寺修行の夏休み短期トレーニング旅行やアニメのソフト開発、コンピューターのプログラミングなどでの交流を期待したい。というより、日本の若者こそ、金儲けだけでなく日本の武術(柔・剣・空手)も座禅もならい、負けぬ胆力をもってほしい。

付き合いのルールつくりを
最近日本の周辺国を見渡すと、大相撲にやってきて活躍するのは、モンゴル出身を筆頭にハワイ、ブルガリヤ、ウクライナ、エストニア、グルジア、エジプトなども加わって賑やかになった。さらに国際化するために相撲協会なども、もう少し透明度がある運営(経営)をと余計なことを述べた。
ルール創りには文化の香りがこめられるから、外国の1国だけとのブレンドよりは、日本の独自色がでるものにしてゆくことも必要と思う。米国も戦勝国として戦後70年、89年からは唯一のスーパーパワーで、少し国の創設者の魂がゆるんで、同盟国の期待するだけの鍛え方が不足してきた。こんな隙に戦がおきるものだ。

すでに(19)で述べたが、組織や業種ごとに別な言葉をもてば、コミュニケーションがうまく行かない。言葉の問題か、制度に欠陥があるのか。実行面で大いに疑問があるのは、そこでの手抜きや見落としを悪用するような傾向が感じられるからである。

おなじことが言えるのは伝統スポーツの柔道もあるが、伝統という名に恥じない理事の選出や経営基盤をきちんとした会計ルールして、透明度の高い運営にすることを期待されている。

この点では、米英の法的なガバナンスが最も優れていると思う。尤もルールが優れていても、実際の運用と犯罪者の検挙率などは、いますぐ読者に比較資料を提供できないのは残念だが。
最近ホテル業界のレストランでの素材と実際に使われたものの違いなどにも明白になりつつある。「要するにこれは詐欺ではないの」ということを、スポンサーを気にせずはっきりいえる人が少なすぎるのと、罰則が甘すぎるからであろう。職種と伝達言語、行動については、後に触れたい。


2013年11月25日月曜日

13031 米国工場に派遣する人材がいなくなる

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米国の工場に派遣する人材がいなくなる

08の続きだが、工場に派遣できる技術者が日本にいた時代は、労賃に合わせた自動化ができたが、日本でも少子化で数が減ってきて、米国に派遣する技師が足りなくなっている。

相手国の労賃にあわせて自動化をやれた時期は、日本の20年前とか30年前の自動化レベルとかに合わせて設備をつくり、当時の技術者を派遣できたが、そうはいかなくなっている。

ティア・ワンやツーの会社では、相手国に合わせた自動化でなく、現在の日本の設備と同じレベルの高価な設備にして、生産個数の少ない分は、別な方法での投資の回収を考える必要が生じる。

GMのブラジル工場は全自動に近かった。数年前のことだが、米人も日本人と似た間違いを犯すのか、月給が300ドルの国でやることかと目を見張ったことがある。しかしその方が付加価値税が減らせ安くなるという理由だった。理系だけでなく、経理や税法のわかる文系も参加した方が、工場の外にある経営環境が分かり易いのかもしれない。

米国の規準は体重か;

 米国では輸出される工場用の機械はNEMA、UL、OSHA、ANSI、FCCなどの基準に合わせる。これは法規で決まっているから、どうにもならない。(教えると直ぐわすれるからGoogleで調べてください)
   
① 米人が使いやすい設備は壊せない?
 ちょっと首題から外れるが、大分むかし商社マンだったころ
『なんでそんなものを壊すんですか?』と日本の多くのメーカーの技術者に叱られた。
 押しボタンスイッチを押し込みすぎて、指が制御盤の中に入ってしまったのだ。
『日本の設備は隙間がない。』身体も大きく体重もある米人に、
『人が入れる隙間が十分にない、売ったお前が来て外せ』などと言われた。


  •   右利きを想定しているのだろうが、左利きが直せる手をいれる隙間がないほど、左の内壁
  •   ピッタリにつけた電源ボックス。
  •   押したら中まで指が入ってしまった押しボタンスイッチ(力が違うのです)。
  •   足を乗せたらへこんだ安全カバー(足をのせる習慣)。
  •   支柱がぐにゃりと曲がった制御盤。
  •   ターミナルブロックなどは、米人にはきゃしゃ過ぎて、寄りかかっただけで壊されてしまう。『なぜ壊した!』というが、体格の違いも大きい。
オハイオとアラバマでは人件費が倍半分; 理論で言えば同じ自動化率はおかしい。
いなかに工場を造ると、保守・修理できる人材(エンジニアなど)を社内で育成するか採
用する必要がある。

溶接ロボットなどは、何台か纏めて使われないと、プログラムを変える度に、それができ
るエンジニアがいないから、プログラマーを派遣しなければならない。
米人の農家は大型機械も直すし、軍隊で訓練された溶接ができる人も多いが。
そんな辺鄙なところに工場を造れるのは、城下町を1つつくれるような大会社だけであ
る。中小企業はその横にべったり隣接するか、交通の便がよい都市に近い中間に立地させ
るしかない。

設備用のソフトも米国仕様にしないために、その後10年いちいち日本に問い合わせる必要
が生じる。同じ考えでITもやるから、米人従業員のトレーニングが出来ない。先述した
が、人件費に合わせた自動化率を余り細かく調節すると、現地の従業員ではまに合わず設
備管理費がかかり、古い設備の分かる人材が日本で定年退職すると更新が難しくなる。


米人の大卒エンジニアは、休日には音楽会や美術館にゆくし、それなりの文化的な生活環
境が要るから、近所の湖でなまず釣りをして過ごしてくれといえば、かなりのモラル低下
があると言われたのを思い出す。
『日本の設備はダメ』ではなく、大きな米人が
『入れる隙間が十分にない、売ったお前が来て外せ』というのも多い。

日本語と英語の教育機関を
日本語がある程度できて、英語もわかる人材が日本でも求められているが、米国でも日本語のわかる米人を増やす必要があるのだ。なぜかといえば、ブラジルやメキシコなども含む中南米の工場の管理や技術指導も、米国からやってくれという地域別の管理になってくるからだ。

それは3年で交替してしまう現在の人事制度も問題があり、これをもっとフレキシブルにする必要があるのだが、日本では何でも時間が掛かるから、米国でやる方が早いからだ。この点は、後で触れたい。


先に述べた高卒の内、優れた人に英語を特訓して、技術の分かるコーディネーター役に養成できないだろうか。特別学校で短大クラスの資格をあたえるのだ。米国も学歴社会になって、紙のレポートは出来るが、工場の事はわからない人口が増えて、製造業を復活させようにも、その面に空洞があるからである。日本人が米国のメーカーを買収するには抵抗があるのは、米国の地元の人との交流が少ないこともあるが、それも言葉の面で億劫だからだろうと思う。




2013年11月24日日曜日

13030 苦学生にも輝く人がいる

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苦学生の中には輝く人材が多い

『苦労は買ってでもしろ』という教え

昔、祖母にいわれた教えだが、この言葉のおかげで苦労をするのが当たり前と考えて生きてこれた、と還暦を過ぎてからわかった。しかし、世の中には高校から上には行けないとあきらめて生きる若者も多い。環境問題のために、ぐれて非正規社員や派遣社員になる子もいるが、本当はグレている暇などないのだ。

金銭的な理由で高校以上はあきらめた人も少なくない。そういう人は就職して何をやれば家族のために稼げるかを教師と相談し、中学時代から就職を考えて手に職をもつか資格をとるかを考える。スポーツで全国大会にでる優れた者でも、それでは食えないと分かれば、何かの技能を身につけようとする。この学生達は、学校の勉強と次に待つ職業が直結している点で、暇な時間をバイトするゆとりはなく、バイトは家族の生活費の1部という意識で、飲み会やデートの小遣い稼ぎではない。

そういう学生を続けて雇ってきた管理職の話である。
まずは、仕事への姿勢が違う。『例えばコンピューターの入力をする仕事でも、ミスの数が極端に少なく、スピードが速いから作業量が大幅に多く、しかも昼食の後でもスピードが落ちない。お互いに競って資格をとり、ミスなし競争をしている』という。全体としての生産性がハッキリ優れている。
職業人としての一生懸命な姿勢があり、無駄話などもしない。これは中国での話しではない。
『日本人もハングリーな子は同じなんだ』と安心した。高卒の何割になるかが問題だが。

『新しい試みをしてみたいが、君たちも手伝ってくれるかね』と云った時の反応は、
『私たちにもそんなことをやらせて貰えるんですか』とバーっと跳び付いて、掴んでもってゆき検討する。会社の行事の手伝いでも同じくである。「私が?」、「何だ、同じ給料でよけいな仕事が増えるナー」などという贅沢な考えはどこからも出てこないのだ。

『短大に行った子や4大を出ても、バイトで、非正規社員でだらだら働いた経験が無い。これが同じ日本人かと思うほどの違いがありますね』
手抜きした方が得だという発想がないのだ。
『スポーツをやってた男子も、同好会のような遊びではありませんから、何でも真っ直ぐにぶつかり挑戦します。すぐにリーダーシップを発揮して、てきぱきとこなしますし、元気さが違います』
こういう人達に、更にチャンスが開かれる、逆境突破賞や夜学奨学金をだす社会であればと思う。

ハングリー度を維持し高めるには
『日本は何のために裕福になったのか』という話になってしまいそうだが、欠けていたのは、幼児のころからの《ルールによる躾、家事の手伝い、将来の職業に備える準備、懸命に生きる訓練》ということになるようだ。前にも述べたが、目標があれば無駄に生きないですむ。

そのためには、《親は子供にタダで物や金をやり過ぎないこと、ケチに徹すること。そして、時間の大切さをくり返し唱えることだろう》。
その人生の目的はなにか、《先ずは自分の生活は自立できること、家族を養えること。ゆとりがあれば社会や国にお返しすること》。 これで十分である。

『何かやらせて欲しい』と思って会社にくる人は、生きる姿勢が違う。授業を週に2、3日受け、あとはサークルかバイト、飲み会という生活を4年も続けたら、誰でも堕落し怠惰になってしまうのだ。
就職して急に、真面目で勤勉な人間に変わろうとしても大変な無理があるし、うまく入社しても必ずばれる。
すると、似た様な考えの社友が寄ってきて、仕事が苦痛というグチをいう生活から脱出できなくなる。面倒な仕事を押し付けられないように、決まりきった仕事をしていれば、65才から先がなにもない。

商社マン時代は残業して、そのあと先輩と飲みにゆき、あるいは顧客接待という生活を5年半過ごした。飲み会というのは試験の後のコンパだけしか知らなかった私には、職場は天国だった。仕事は教えてくれ、授業料のかわりに給料をくれ、社会常識も教われるのだ。
だが、月収3万5千円の手取り時代に『年5千万円の粗利を稼げば一人前かな』というのが一番効いたパンチだった。年俸の10倍か、と。
当時やっていた仕事の延長上では無理で、他のやり方しかないと分かったからだ。つまり、目標値が高いと、人は頭をつかい努力するしかなくなる。

2番目は本を読むこと。司馬遼太郎や森鴎外などは、マンガは手塚治虫で小学校で卒業できたのは、本の世界は面白いと知ったからだ。インターン学生にも帰国するまでに『坂の上の雲』を読み終えてといっているが、読めた人は少ないし、それを題材にしても会話としてつなぎにくい。共通話題は外国人でも同じである。イーメールのやり取りでは、読書の忍耐力や想像力はできないと思う。

ビジネスでも、本当のことは体験からでないと伝わらないし、その訳は、そこに自分の心があるからだ。共感は共通の行動から生まれると思うし、心が欠けると心からの笑いもないように感じる。
高い目標値をもちハングリーになり、読書で自分の考えをもち、共感する心をもてる仲間である。


2013年11月20日水曜日

1329 人数が足りなくて成長できない

13029

人数が足りないと成長できない
(これは今ハッキリしてきたが2013年11月の再掲載)

復興が遅れている理由は、全体の総合計画がないことが原因の1つだが、2つ目は計画を実行する就労者が足りないからである。就労者の頭数が足りないから、主婦を職場復帰させようというアイディアもあるが、それは短期での間に合わせである。

製造業が復活するには基礎の学力が足りないか

日本の国内総生産GDPが500兆円として、消費者の所得が60%300兆円、平均所得400万円として75百万人の就労者が必要になる。2.5~3%の成長をするには、生産性を上げるか、就労者を187.5~~225千人が更に必要になる。
サービス業での人手不足を非正規(バイト)でつなぐような経営だと生産性は上がる訳がなく、学生に勉強させるチャンスも奪っており、将来の彼らの潜在付加価値も先食いしていることになる。

製造業が海外に移っても、海外でその分の労働者をやとうから、海外からの企業の利益の送金があるから安心だというような楽観的な議論もある。しかし中国からの配当をし様とすれば、国外撤退を覚悟するしかなく、投資した額はみぐるみ剥がされると思った方がよい。連結して向こうにある金は自分のものだというが、もって来れないから無いのとおなじだ。

外国人を使える就労者を育てるには英語力は欠かせない

付加価値のたかい製造業は国の内外で人材を工場に派遣する必要があるから、国内に日本人社員をまとめておくだけでは足りないのだ。
ということは、足りなくなる分の就労者を海外から補充する必要がある。雇用が国内なら、その人間の稼いだ所得の20%くらいは所得税として課税できるし、国内での消費量も増えるが、海外ではそうはいかない。つまりは日本人も外国人を呼び込まないと生活できなくなりつつあるから、言葉をおぼえて彼らを使う方法を学ぶしかない。

90%が高卒としても、殆ど半数が携帯でのやり取りに時間を浪費し、暇をもてあましていて、まともに勉強する学生を妨げあっているように見える。これでは国際競争力が身につくとも思えない。
スマホでの交信はどんどん短くなって、最近はそれさえも漫画の絵で答えるようになり、きちんとした言葉による表現能力も欠けてきている。

先週、京都の有名大学で講演してきたマウスを使う遺伝子の専門家(日本人)の話しでは、授業中に半数の学生はスマホをいじっていた。『私たちは京都に永住です。海外に行く気はないし、医学系の職はありますから』という話し。『今時、こういう若い人がいるのが面白い』と珍獣をみたように喜んでいた。こんなことでこれから40年も、本当に平穏な人生を歩けると思っているのだろうか。

学生がせっかく大学に入っても、親の金を使ってバイトをして、スポーツの同好会や飲み会で消費しているだけでは、将来の非正規就労者を増やしているだけではないか。

では、どうするか?
やはり、学生にも、学校経営者にも、国際社会のシビアな競争を体験してもらい、学力差と体力差の違いを身に染みてもらうのも方法であろう。または、先述した長い旅にでて、散々な苦労をしてみるとか、禅寺に長めに滞在して、まったく異質の世界を体験することである。

もうひとつは、創造力を高めるための冒険をすることではないか。若いうちからビジネスで競争をして、失敗や成功で経験を積む。一般に教師は温厚な人が多いから、事業経験をした高齢者や、現役の管理職を教育の場につれ戻し、貿易や製造の実務を体験してもらう他あるまい。これからは教師でもインターラクティブな学生との対話、コーチングなどの力を試されるから、楽な職業ではなくなる筈だ。つまり、世の中に楽な職業などはないと覚悟しよう。

学生達で知的好奇心の少ない者に、むりやり勉強をさせるよりは、会社の中での様々な体験を有料で引き受ける職場学校を増やすのだ。また、英語を身につけ、18、19項に先述した現場と本社をつなげる人材にまでは育成することである。
英語が出来るなら、外国人を雇って、満足に働いてもらうマネージャー役も必要度を増すだろう。

人の思いつかないことを考えられない人はどうするか。過去の人から学ぶしかあるまい。
少しはましな事をし様と思えば、図書館でバブル時代の1989~90年頃の新聞記事を読んで見ると役立つと思う。すると当時の社会現象として何が起こったのかが分かる。

私の独断と偏見かも知れないが、”日本の戦後””原油価格の乱高下””経済の弱体化”などで、社会の底が抜けた年であった。それは円や原油価格がどうなるのか、プロもまったく分からなかった時代だ。そこで会社は不動産に走った。
バブル期には、トラックの運転手が足りず、道路標識の日本語が読めない外国人運転手のために、英語標識も加えるという話しもあった。今景気が回復期でこれらは繰返される可能性がある。

そのあとは引き締めでリストラ、失われた20年が始った。同じことが起きるとは思わないが、人手ぶそくと引き締めで、メーカーは海外に移った。ベルリンの壁が開かれ、イラク戦争が起き、その後のバブルの崩壊、無理な引き締めで、下記が起こった。 

1980年代後半の円切り上げによるバブルの後遺症;ネット検索の記録によれば;
景気後退、 バブル崩壊、 地価下落・住宅価格下落、 
不良債権拡大、 大手金融機関の破綻、 メインバンク喪失、 住専破綻、
ゼネコン問題、会社資産売却、土地の評価方法の変化、
バブルと経済政策、BIS規制、 貸し剥がし・貸し渋り、引当金、 格付け引き下げ、 ジャパン・プレミアム、変額保険、保険会社破綻、
日本国外からの撤退、雇用の抑制、公務員人気、 一時的な雇用情勢回復、
アウトソーシング(業務請負・労働者派遣)、 株持ち合いの解消、 





2013年11月18日月曜日

13028 労賃で変わる生産の自動化

13028

国が変われば労賃で変わる生産の自動化
                                                        
付加価値が高い製造業に注目して考えてみよう。

中国・インドなどに移る製造業の特定業種
製造業は何でも労賃の安い中国に行ってしまうか?尤も、中国も労賃は上がって、よそに仕事は移りつつあるようだが。 
自動車・宇宙航空機(高額商品)ナノ・ケミカル・バイオiPSなどは簡単には追いつかれな
いし、追いついても道路行政、環境汚染でなどが追いかけてくる。よい車を造れたとして
も、渋滞や煤煙がひどくて見えない道路は高速では走れないからである。

労賃の安い所は、管理コストは高い比率になる。
米国の鋳物工場が中国とインドに移った。1979年  74万人; 22百万トン                                                       2001年    22万人;13百万トン

だが設備業者が米国に里帰りを始めている  

生産技術を教えられる学校が減っている。工業系の学校を設ける需要も発生するだろう。<高く買えばモノ集まり、安く売れば人集まる>というのは限度がある。

中国のメーカーは手抜きをしたり、少しずつ品質の悪い製品で置換えようとするから、米国本社は常にサンプルを送らせたり検査官を派遣する品質テストなどで、膨大な人件費が掛かる。それで中国工場を閉めて里帰りを図る会社も多く、代表格はGEといわれる。

日米の機械化・自動化の違い
トヨタの張社長は 『 問題が起きるとアメリカは機械化しようとし、日本はやり方を直そうとする。将来の問題を予防する考え方。』と言われた。

  この日米のギャップを埋めないと、米国での工場の運営が難しい。米人は機械化すれば問題が解決すると考えるが、人がやっても解決しなければ、機械化しても解決しないというのが日本式であう。
  人の手で加工する方が良いものができるが、機械化したほうがばらつきが少ないと考えるか、新しい説明方法が求められているのかもしれないと思う。
米国に合った自動化の迷信
自動化して労務管理を楽にする;自動化しすぎると直せない。生産能力が上がらない。
日本と同じ設備にすれば安心;英文マニュアルもないし、日本人でなければ直らない。
              現地での改善は期待しない。

ジェトロの都市別労賃調査に、日本の労賃の何年まえに相当するかという非常に役立つグラフがある。その国での生産の自動化を、過去の日本の労賃で年代をみて、当時の自動化に合わせるのが生産コストでは最も合理的な方法である。(ジェトロ2001年資料)
しかしこれは就労人口が変わらない条件での話である。今のように少子化で人が減りだすと思わぬ余波がでる。送れる人材がたりないので、労務管理面で苦労が増えるのである。
つまり、国内に人口が足りなければ、海外で生産すればよいというのもマユツバになる。

グローバル基準は日本の本社基準ではない。 各地で調整するというフレキシブルな考え方がグローバル化である。自動車業界などは、信頼して設計や組み立てまで任せられる大手部品・要素メーカーをティアワン(Tier 1)、その下はティア2と呼ぶが、ティア1でも2でも付いて行けない場合が起きる。
不況時代は我慢してきたが、好況になると、色々な理由で家の近くで働きたいなどの理由
で転職が増えて、生産ラインでのベテランが辞めると歯抜けになる。つまり、常に人のト
レーニングの問題が生じるのである。
人材の教育負担をどうするかが、大きな課題になるジレンマを抱えるのだが、企業に
考えてもらうまで待たず、自分が試行錯誤することが大切だ。

2013年11月12日火曜日

13026 時代の変化に合わせる変身

時代の変化に合わせる変身;出来る部分を早く伸ばす

日米の学びの差

世の中はその他大勢と同じでは生残れないが、それが難しいのは教育のせいである。それは個人の能力の見分けをどうするかという点にある。私個人は《人は皆おなじで、能力が足りない人は努力の量が足りないからだ。だから勉強しなければ駄目だ》という教育を受け、永くそれを信じていた。日本では義務教育でもあり、大多数の平均値に達しないと本人が苦労するし、社会コストにもなるから教育する(教え授ける)という考えではないか。

しかし米国ではそういう考えは幼児期を除いてはないようだ(*)。出来ないのは、自ら獲りにゆかないからで、その人の潜在能力がそこまでだからで、覚える努力をするかどうかではない。放っておいても世間の風に晒されて生きていれば、必要なことは皆が身につけ学びそれなりに一人前になれるという。(*筆者ブログ;サバイバル時代・61項)

出来るものを選び、更に獲りにゆく人を探す

米国では違う。それは上記の幼児期の詰め込みを除けば、並みの能力の人のレベルアップをする中で、誰がどういう面で優れた潜在能力をもって生まれてきたか、更に何かを獲りにゆきたい人かを見つける努力が教育者の側にある。

利根川進氏は《MITの場合、SATと呼ばれる進学適性試験や高校での成績、なによりいくつかの小論文と個人面談を重視します。面接官はMITを卒業して各界に活躍する人たちに依頼します。(略)大学としての特徴を維持するために、むしろ主観的な視点を重視しているそうです。研究のような創造的な仕事をする場合、試験で高得点をとる秀才が適しているとは限りません。かえってマイナス要因かも知れません》と述べられる。これは大学の創造性に力点をおいたマーケッティングそのものだ。(13・10・31日経)

一般の大学は基本のテスト、身体技能、エッセイの3種で人の持つ能力を測定する。演芸・音楽、体育、学習などのどこに才能があるかを探す。音楽に絞れば、歌唱力の声量・音質などから歌い手になるか、楽器の演奏が好きな子に、バイオリン、ギター、管楽器などを貸して使わせて、どれが上手かを試す。むろんそこには本人の希望もあり、訓練に耐えるだけの忍耐、親の応援・支援も伴う。それを出来るだけ早い時期に探す。レベルはプロとして職業として生きていけるかの判断だ。

オンラインの実習の方が早く到達できる
ブログ書評家チキリンさんは、特定の分野ながら巧くまとめておられる。かなりカットして紹介しますが、詳しくはブログを読んで下さい(http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20131101)。《すでに10年近く前に梅田望夫さんが羽生善治三冠から聞いた話。簡単にいえば、インターネット学習が登場したため、初心者でもすぐに巧くなれる(ある地点までは、高速道路を走ってすぐに着ける)・多くの人がすぐ巧くなれるため、上級者間での競争は激化しており、そこから一歩抜け出すのはめちゃ大変になりつつある(高速道路の先は大渋滞してる)という話ですね。

上記は将棋の話でしたが、ポーカープロの世界でも、若い人は圧倒的に強くなっている。理由はオンラインでポーカーの練習、対戦ができオンライン対戦のほうが、カジノでのライブなゲームより圧倒的に効率良く学べる。

なぜなら、
・カードを配ったりチップを動かす時間が不要なため、同じ練習時間で 3倍近いゲーム経験(=学び)が得られる、
・カジノまで行くためのコスト(時間&費用)が不要、(略)プレイデータをダウンロードして分析できるので、勝率分析や癖の補正、分析→仮説立案→実証といった研究が可能になり、学びのスピードが上がった。

つまり、「オフラインの学習環境」と「オンラインの学習環境」の競争力、というか、位置づけが、これからは大きく変わる。(略)(オンラインだけで勉強する人)のほうが、早く高い位置まで行ける時代になりつつある。これからは同じことが、一般的な勉強(学校学習)においても、技術修得においても、それ以外のいかなる職業訓練においても、起こり始めるだろうと思えてしまう。》
これは説得力がある議論だが、将棋、囲碁、格闘ゲーム、カジノゲーム、みなルールと違反者を判定するレフリーがいる。

問題は、オンライン学習という高速道路で早く一定のレベルに達しても、そこから抜け出る技がなければプロにはなれない場合は、どうするかである。これは受験地獄も同じで、市場での競争に何で差をつけるかである。

教育はどこまで探求の方向に向かえるか
リサーチ教育がグローバルに、シアトリカルになりつつあるがTEDなどは好奇心を高める点で優れている。(http://www.ted.com/talks?lang=ja)ある分野への研究や教育投資のPRにより、一般からの投資を募る面でも必要性は高まる。だから、投資対象としての各学科の存続価値を競争(市場)の場におくという面でも、有効ではないかと考える。

文系のオンライン学習の参考教材として、ゲーム化が難しい極端なことをいえば、(半沢直樹の*)銀行での融資条件や上司との関係を一定のストーリーにして、変更要素をオプション化すれば、ゲームにできるだろうか。
オンライン学習での選択肢に刑法・民法の詐欺・偽造・計画倒産などのオプションが選べるゲームを刑法・民法・商法などで各3種くらい作り教材にすれば理解度は高まり、早く相当のレベルに達する気もする。(犯罪者の教科書にならぬよう逮捕率を高くすることは必要だろう。)(*日本で高視聴率をあげたTV番組)


リスク対リワード、育った環境による価値観(正義感・倫理感・功利主義・公益感)、忍耐力・精神力・身体能力、性格の強弱などで、スッテップごとの選択肢の優先順位が変わってくるから、相当に複雑なゲームになることは間違いない。ビジネスで使うクリティカルパスの手法を取り込み、アニメ化してみたらどうか、ゲーム脚本のミスや見落としはヴァージョンアップすればよい。法学部の関係者のご意見を聞きたいものである。