2021年1月8日金曜日

顔の見えない世界で、自分の顔を想像させる(寄稿)

寄稿

顔の見えない世界で、自分の顔を想像させる
下村和宏、ベンチャー起業家(ノースウエスタン大学)

先日、私の社会保障番号が勝手に使われ、失業保険の受給が不正に申請されました。勤務先の大学がその通知を受け発覚。『クレジットカードが送られてくるかもしれませんが、決して使わないように』というお達しがメールで届きました。 全てがオンライン化され”顔”を見ることなしに物事が済むことになった被害が、ついに私の身にも降りかかって来ました。

我々は、顔が見えない世界で生きている
しかしオンラインに限らず、この”顔”が見えない世界はごく普通に存在しています。 社会の様々なやり取りは書面のみで行われることが多い。例えば、アメリカで大学や仕事に応募する際には履歴書と一緒に”Personal Statement”と言われる自己紹介文の提出が義務付けらています。日本と違い履歴書には顔写真は貼られていません。だからタイプで打たれた、たった 1ページの無機質な文章が自分の “顔”というわけです。医学部で学生の選抜を行なっている友人曰く、 最初の3行程度で、その先を読むかどうかがわかると。最初の3行が、誰にでも書ける内容ならば、ゴミ箱へ直行だといっていた。 “顔”がある自己紹介文に出会うと 実際に本人に会ってみたくなるそうです。だからそういう人を面接に呼ぶらしい。
これと全く同じことが、我々のようなベンチャー企業の世界にもあります。Executive Summaryと言われる企業の自己紹介文がそれに相当します。これが会社の“顔”になります。ベンチャー企業は売り上げが立つまでは出資でその経営は賄われます。その出資を募る際に必要になるのがExecutive Summaryです。この1ページ程度の文章を見て出資者に会えるかどうかが決まります。では一体自分の会社の”顔”を文章で相手に見せるには何を書けばいいのでしょうか?たった紙一枚だけれど、大変難しい。たった1枚だから余計難しいのかもしれない。

自分たちの会社は一体どんな顔をしているのか?
数ヶ月前、我々の会社の技術をある大手製薬会社の複数の幹部の方に話す機会をいただきました 。そのうちの1人の方から”御社の研究方針は、まさに温故知新で目から鱗が落ちた”と言われました。私はその意味が最初はよく理解できませんでしたが、最近になって彼の真意がわかって来たような気がします。実は、そこにはExecutive Summaryを書くための大きなポイントが隠されていました。
私たちの会社は炭水化物を用いた創薬を目指しています。ご存知のように炭水化物は植物が空気中の二酸化炭素と太陽光から光合成で作り出します。我々は自分で炭水化物を作り出すことはできませんので、植物を食べることにより炭水化物を得ています。”薬”という漢字は草冠がついていることからわかるように、元々は植物由来だったことが想像されます。しかし、 薬理作用のある物質を植物から分離して大量に得ることは簡単なことではありません。例えば一本の桜の木の中に薬になる物質が1gあるとしましょう。もし1kgの物質が必要ならば、桜の木が1000本必要になります。これを繰り返していくといずれ日本から桜の木がなくなりお花見ができなくなってしまいます。つまり桜の木の植樹から行わなければならないということになります。でも木が大きくなるまでには時間がかかるので結局無理であることがわかります。だからどうしてもそのターゲットとなる物質を人工的に作り出す必要があるのです。そこが難しいのです。
私たちは 特殊な方法で炭水化物を改変し、 薬理効果のある物質(単一物質)を作る方法を開発しました。 その後、ある種の植物由来の食品の中にその成分が存在していることを確認しました。結果的にその植物に存在する薬効成分を大量に作り出す技術を開発していたのです。つまりこれまでのアプローチの全く逆を行うことにより、これまで困難だった植物からの創薬を可能にしたことになります。あの役員の方の『御社の研究方針は、まさに温故知新で目から鱗が落ちた』という言葉にはそういう意味があったのではないかと思っています。これこそが自分たちの会社の”顔”だった。自分の会社の顔はずっとそこにあったのにそれに気づかず、第3者に自分たちの会社の”顔”を気づかせてもらいました。全く滑稽な話です。

常に自分の顔の見せ方を研究する
サイン文化のアメリカでは本人の直筆による署名が使われて来ましたが、最近ではオンライン署名が出現、コンピューターが勝手にサインを作ってくれます。その上 我々は今、マスクで顔の半分を隠して生活しています。ますます顔の見えない社会になって来ました。『顔が見えない世界で自分の顔を想像させる』そのためには、自分はどんな顔をしているのか、また自分の顔をどのように見せるのか、常に気にかけておく必要があるようです。ここぞという時に最高のスマイルを見せれるように。

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