「いじめは犯罪」とし生産性と成長回復を(1)
教える側の権利は、内容に対してだけ。学ぶ側の権利は拒否できる人は居ない、本人も学ぶ責任がある。権利と責任は片方だけでは存続できないはずです。
この辺りをあいまいにぼやかして、いじめを放置して来たつけが、はっきりしない社会を造り、生産性を下げて来た感がつよい。
いじめのエキスパートはいない
最近は男女の差が曖昧にぼけてきて、いじめの被害者や死亡者も増え、グループが弱い子を溺死させた犯罪や(「弱い者」いじめや「卑怯者」という言葉は消え)、60年前にはなかった企業創業者の故人の犯罪(だろうが)はいうに及ばず)、集団犯罪の事件が増加している。(ジャニーズ事務所 - ウィキペディア;高裁はこの創設者の特異な性犯罪と判決し、最高裁は上告を却下した。) いじめ犯罪とは関係なく、再度触れます。
教育(業)界の著名人にはいじめの経験者はおらず、2,3の著書も見たが、"いじめ"の専門家はいない様に見受けられた。当然ながら「"引きこもり"や"不登校"のエキスパートです」と名乗る加害者がいないという事が、犯罪性を示している証明は難しいため、被害者の支援側のNPOや関係者しかあるまい。
目標;取り戻すのは健全教育です。 「学校は楽しい場所で、自分の将来の成長するために、学習し体も鍛えられる」 のだ。これを妨げるものは、両親、教師、同級生、みな人権違反者となります。
特殊な発達障碍者や知能障碍者にも人権の面での救済を; (NHK報道9月26日、2023) 本当にササイな限られた身体的な部分での、ケガや故障で「発達や知脳検査(約1時間、費用4万円)」を受けられれば、学童も納得して教育のルートに乗れ、あるいは特殊教育・身体訓練に参加できるという。問題は検査の待ち時間が3カ月、ひどい地域は10カ月だという。特別な支援予算により全国的な対策ができる事を期待したい。
いじめの規模と「ブラック企業」(「学校というブラック企業」より引用)
「いじめの認知件数およびSNSいじめ件数の推移」(図表出典;日本財団)
日本財団のデータグラフを引用します。
いじめの認知件数の増加と共にSNSいじめの件数も年々増加傾向にある。別の文科省別のデータはネットで詳しいのでそちらも参考にされると、若干の数値の違いはありましょう。
文部科学省による平成28年度から令和2年度の「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」
小・中・高等学校及び特別支援学校でのいじめの 認知件数は615,351件(前年度517,163件)、人口減少下で 前年度比べ98,188件(19.0%)増加しています。
l 児童生徒1,000人当たり認知件数は47.7件 (前年度39.7件)である。
l 年度末時点でのいじめの状況について、 解消しているものは493,154件(80.1%)であった。(詳細;siryou2-1.pdf (cas.go.jp))
大雑把に言えば、60万件を認知し、50万件は解消、10万件は未解消、未認知も同数くらいあると推測します。「解消し残り10万件、良かった」と言えない点が苦しい。会社で言えば、解雇ができず残留扱いか。
毎年未認知数が10万件、未解決が10万なら、計20万人増とも言える。少なくとも将来の要支援者が20万人増えていると考えて減らし、GDP寄与者数を増やすべきだろう。低めに予想して、全員が最低賃金の就労者になるとすれば、年収200万円x20万人=4000億円の損失だろうし、平均賃金がその1.5倍なら6千億円のGDP増にできる可能性があるかもしれない。
自由の名の下に、子供の養育もままならず、パートをつなぐ底収入労働者で甘んじるのは、「幸福の追求」の姿では無いとかんがえます。
「(不)登校は自由」などと言うのは、教育責任を避ける教育側と、親の子に対する人権無視とされかねない問題でもあります。学ぶ側の権利は拒否できる人は居ない、本人も学ぶ責任がある。
日本の「いじめ防止対策推進法」(いじめ防止対策推進法 | e-Gov法令検索) 平成二十五年法律第七十一号いじめ防止対策推進法・目次
第一章 総則(第一条―第十条) 第二章 いじめ防止基本方針等(第十一条―第十四条) 第三章 基本的施策(第十五条―第二十一条) 第四章 いじめの防止等に関する措置(第二十二条―第二十七条) 第五章 重大事態への対処(第二十八条―第三十三条) 第六章 雑則(第三十四条・第三十五条) 附則
この法律が守ろうとする価値は、「憲法の義務教育を受ける権利」で、それを公のための知識を「妨害するものの1つに、いじめが位置づけられうる」と気づきます。 ここまで纏めたのは、あいまい社会でのご苦労が想像できるが、人手不足は外国人の在日学生や就労者を含めねば解消できず、彼らを人権問題(就労条件での差別他から守ることにしないと、問題は国際化する心配があると危惧されます。
前後しますが、大津市の自殺事件での改善策で作られ、警察の適切指導をうける、教師は懲戒を加えうる学校行事は、学習の一部であり、暗闇から、将来への希望のもてる社会での社交が求められます。それには意思疎通、自己主張、遊戯、スポーツ、娯楽、異性との適切な社交を含め、楽しさと、社会奉仕の精神の育成を目指したい。
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曖昧な言葉「いじめ」の法律での定義(範囲)「(定義) 第二条 この法律において「いじめ」とは、児童等に対して、当該児童等が在籍する学校に在籍している等、当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットの使用も含む。)で、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているものをいう」とある。 (ぼかした言葉を心や体に優しい愛撫ではなく、脅しや暴力ということ。) 2項; この法律において「学校」とは、学校教育法(昭和二十二年法律第二十六号)第一条に規定する小学校、中学校、義務教育学校、高等学校、中等教育学校及び特別支援学校(幼稚部を除く)をいう。
つまり苦痛を感じなければいじめにならないが、同一期間で5件も違反すると、追跡し罰則が増える仕組みが要る。(学校からの依頼・推奨で、子供の親が、自分たちの解釈で指導する必要も生まれるでしょう。)
教育者=供給者サイドからの見解;
「戦後教育史」小国喜弘著23年4月によれば、教員の組合運動は日本最大の組合となり、95年12月1日全日本教員組合(全教)と2日に日本教職員組合(日教)が生まれたが、55年の国政選挙では保守系の落選者は、「社会党でなく日教組にしてやられた」と云い、(野党が政権を取ったが)憲法改正には至らなかった。以来、日教組は巨大なパワーをもち、国・文科省が教育政策での現場での対立が多く、スト権を行使され続けたと小国氏はいう。
高校進学率は42.5%/50年から、75年94.2%へと激増したのです。 国鉄ほか大企業のストの影響力は、80年代後半のバブルと93年大不況。97年のアジア通貨危機など荒れる社会環境ができてしまったのです。銀行の再編成や閉鎖をまねき、それが学童の暴力卒業式、進学組・就職組の暴力は親の職の不安や差別感に対してであり、褒めて育てる成長期に逆へのものだったろうとの指摘がある。
荒れた学校は80年代に子供の自殺・非行・家庭内暴力、校内暴力といじめの拡大に、公教育のスリム化、個性重視、生涯学習などに向かう軽量化に進化した。 学校経営は出席者が自分たちですべてを決めると、私学の経営上スポーツが重要学科になり、大学は出席し受験テストに合格した人たちの居場所化してしまう。
やはり、親も「いじめは個人の人権侵害と規定し」、これを禁ずるほかあるまい。
いじめ61万5千件で過去最多 不登校は24万人超 文科省調査 文部科学省が4月に公表した令和3年度の問題行動・不登校調査結果では、小中高校のいじめ認知件数が過去最多となった。中でもパソコンやスマートフォンなどを使った「ネットいじめ」が2万1900件と年々増加しこちらも過去最多を更新。 新型コロナウイルス禍で一気に進んだ教育のICT(情報通信技術)化に暗い影を落とす。一方、不登校対策にオンライン授業が用いられるケースも増加。ICTの制限と有効活用で教育現場は揺れ動いている。
戦後の2つの教員の組合は「結社の自由」と「教育の権利」で憲法と法に守られたが、受益者で納税者の家族としての学生・児童よりは、教員側の利害で政治に影響を与え続けた点に、衡平の観点からはハンディがあったと感じる。
「ジャパン・アズNo1」に浮かれず、自由の条件である自己責任を自覚し、90年代に国防自立したうえで、安保を延長するかは戦術核・分散小型原発を持つべきかの議論が欠けていた。後知恵ながら、バブル崩壊の経済の立て直し時期、ビジネス回復優先で、日米競争の逃げ場に中国進出し、人が消えるという噂の国の(アリ地獄の国に)、進出条件での用心に欠けたのではと感じる。
オミクロン感染症のあと、半世紀遅れで女性管理職を増やし、人の事務の自動化=デジタル化で、これからの修正は至難ではあるまいと期待したい。
l いじめる加害者(単数・複数とも)が他人の教育を受ける側の人権を侵害し、被害者をつくる犯罪行為と確認することである。
「不登校のための対応マニュアル」 (町田市不登校対応ガイドライン)は優れたマニュアルだが、その法的な観点と国際的な人権のバランスに弱さを感じる。ふとこうまんゆやる2021.pdf (kosodate-machida.tokyo.jp)
長くなりましたので、国際化の時代の考えは、続きはー2にて
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