2020年7月31日金曜日

クライブ・ハ ミル トン著「Silent invasion 目にみえぬ侵略」書評 増田幸央氏

(寄稿)200731   


クライブ・ハ ミル トン著Silent invasion 目にみえぬ侵略」
書評 増田幸央氏(元三菱商事代表取締役、他多数社代表・役員を兼務された)

『中国共産党の巧みな戦略によリ、オーストラリアという国が中国に完全に篭絡されてしまった経緯、原因と結果を詳細に分析、解説しています。よくもここまで豪は中国のいいなりになってしまったのかと驚かされます。 
監訳者の山岡鉄秀氏は巻末に「この本が豪を変え、米国にも大きな影響力を与えた」と書いていますが、最近の米・豪の対中政策の急変化を見ると納得のコメントです。

ハミルトンは「日本語版への前書き」の中で
北京は日本を支配するためには日米同盟を弱体化させねばならないとあらゆる手段を使つている。 
・北京の手法は「エコノミック・ ブラックメイル (経済的脅迫)」を使い、中国と他国の経済依存状態を使って、政治面の譲歩を迫るやり方。 
日本には北京の機嫌を損なわないようにすることが唯の目的となった財界の強力な権益が存在する。
 。中国は中国人観光客や海外の大学に留学している中国人学生を通じた人的交流さえも「武器」として使っており、中国に依存した旅行会社や大学を自分たちのために働くロビー団体としている。
°フアーウエイに代表される5G等の技術を使って他国の通信 (更 に交通、電気、銀行) ネ ツトワークをコントロールする術を持った。その国と武力紛争ということになれば 習近平の「軍民融合」政策の下、これら民間企業システムが人民解放軍の構想に組み入れられることになる。
 。日本には数千人にのぼる中国共産党のエージェントが活動している。彼らはスパイ活 動や影響工作、そして中国共産党統一戦線活動に従事している。人民解放軍の外国語学校の卒業生が長年にわたり日本で貿易会社を隠れ蓑として運営しているケースがある。
彼らは影響力のあるビジネスマンや、保守系政治家とのコネずくりを進めており、ビジネスマン、芸術家、ジャーナリスト、役人を中国を訪問させて「中国の友」となるように育てている。結果彼らは「親中」を主張し始めている。
 中国国民の間に反日愛国感情を扇動することで、共産党一党独裁の正統性を保持している
又中国共産党は西洋の社会正義に対する真摯な意識を利用して、中国人に対して行われた日本人の歴史的な蛮行に対する同情を獲得し、日本の外交努力を阻害した。西側の多くの政治家や善意の白人活動家は、ミスミスこの罠にかかってしまった。自分 たちは自国で中国系市民と連帯感を示す活動 をしていると信じこんでしまっている。
 。我々は非常に大きな力を持って、世界の覇権国になろうと決意した専制国家に直面している。あなたにアメリカが世界で果たしている役割について何らかの批判があるとしても、習近平率いる中国は、自由を信奉する人にとって、はるかに悪い選択となるはずだ。 

1.豪の失敗の経験に基ずいて、極めて直載に日本に警告しています。 2015-2018在 任のターンブル首相とその後任で現職のモリソン首相達によって徐々に豪の対中政策の独 自路線化が強化 されてきた。(事 実、今年 4月 豪 が新型 コロナの発生源国際調査の必要性を主張すると、早速北京は豪からの大麦輸入に80% 関税を課す制裁を発動。それにもめげず、今月、今まで中立を保っていた南シナ海問題について国際法違反の立場を明確にした。豪は今のところ踏ん張っている。) しかし、それまでの 30数年間は全く様相を異にしていた。
豪は全て中国の言いなりとなっていた。
著者は
(1) 何故豪は中国を苛立たせることに怯えているのだろうか ?
(2) 何故豪は段々と好戦的になる中国が、自分たちに影響力を及ぼすのを許してしまったのか ? と言う命題を掲げ、その解を見つけるべく徹底した調査研究分析を行った結果をこの本にまとめた訳です。 
著者はその解として 
1980年 代から我々は経済を最優先事項としてしまい経済に全て犠牲を捧げなければならないと考える人々に力を持たせてしまった この犠牲の中には自由な国 としての国家の主権も含まれている。」として、一言で言えば「豪は金に目が眩んでしまった」と結論ずけています。 
更に「中国の台頭は誰にも止めることは出来ないし、我々の経済の運命は北京の手に握られており、中国の規模を考えれば彼らがアジアを支配すべき
「この流れに乗ることが最良の選択だ。他に選択肢はない。
それはそれほど悪いことではないかもしれないからだ」という考えが浸透してしまった。 「我々は「友好と協力を追求し、資金を受け入れ、我々の資産を売り、中国の外交官が叫べば飛び上がり、我々のテクノロジー流出に目を背け、我々の政治システムの中に北京の工作員を入れ、中国の人権侵害について声を上げず、我々の大学での自治とオープンな研究のような基本的価値感も犠牲にしてしまった」、国を犠牲にしてしましまった」と補足しています。

2、 豪の対中政策の経緯、中国の対豪投資の実態 

(1) 1987年 ホーク首相時代;、
経済最優先政策を推進するため外務省 と貿易 省を合体 させて外務貿易省を創設。爾来「異なる政治体制や価値観」を尊重して中国とのパートナーシップをあらゆるレベルにおいて深め、広げる政策 を取り続けた。
(2) 1989年 天安門事件を見たホーク首相; 
当時在豪中の42,000人の中国人留学生に同情し、母国に強制送還はしないとして永住権を与えた。しかし留学生の全てが民主化の運動家ではなく、3分の 2は経済移民になろうとしていた語学留学性であった。更にその後も中国人留学生を積極的に受け入れる政策をとった。結果としてそれら留学生が北京の指導、教育,指示の下 親中、反豪になっていったのは皮肉なことだ。
(3) 2015年 アボット首相時代;
「豪中貿易協定」が締結され中国人も豪人と同条件で豪内で投資が出来ることになり、更なる中国の進出が加速 された。 
(4) 2016年 豪国立大学の経済研究所東アジア局と 
中国のシンクタンク「中国国際経済交流センター」間で「変化の為のパートナーシップ」と称する共同研究が実施された。その成果はこの研究の主導者ドライスデール教授の名前をとって「ドライスデール報告」として発表。
豪 と中国の将来の経済関係は中国の経済面の成功にかかっている。中国からの投資に制限を設けるベきではない」と主張。 
(5) 2017年 中国が組織した
「豪中 Belt & Road lnisiative」の委員として多くの豪政財界人が就任し、豪北部開発計画への中国参入が積極的に進められた。 (豪の一帯一路検討案件は900 ) 
(6) 2014年 招商局集団
世界最大の石炭積出港ニューキヤッスル港買収 。2015年 嵐橋集団がダーウイン港の 99年間租借契約締結;(対中融和策をとっていた米オバマ政権でさえ豪にクレイムしたことを思い出します。)
2016年 グローバル・ コンソーシアムがメルボルン港を買収。そのコンソシアムの20%は 中国投資有限公司 (スリランカのバンバルト港を債務不履行により取得したという有名事件の当事会社) ※中国は既に海外の60港の権益を所有。
国家電網公司と香港の長江基建集団 (李嘉誠の会社)JVビクトリア州の5つの電力供給会社と南オーストラリア唯一の送電会社を買収 
香港の中電集団 (北京と関係が深い)が西オーストラリアで 300万の顧客を持つエナジーオーストラリア社を買収 
長江基建が西豪のガスパイプラインとビクトリア州の電力供給網を保有するデュエット社を買収 
「エネルギーネットワークスオース トラリア という電力・ガス企業の利益団体 (日本の電事連ガス協会のような組織)の理事の半分は国家電網公司 と長江基建集団出身者 
数限りない都市の不動産と農地が中国企業の所有
バージンオーストラリア航空の20%は海南島の HNA航空が保有。HNAは豪 内にパイロット訓練校 を開校。 リゾー ト、ホテルも所有。

3、 諜報関係;
2009年、当時の国防相 ギボンは中国の軍諜報組織に近い中国実業家劉海燕との親密な関係が問題視された事件発生。中国の豪におけるスパイ活動について保安情報機構 (ASIO)も警告を発していなかった。政府首脳が中国のスパイ活動について恐る恐る語れるようになったのは 2017年頃から。 
2013年 首都 キャンベラの中国大使館からグリフイン湖を挟んで対岸にASIOの新ビルが建設されたが、そのビルの設計図がサイバー攻撃で盗まれるという事件が発生。通信 システムを再配置するまで入居不可能になった。しかもその新ビルから 80メートル離れたところに人民解放軍と関係のある中国人億万長者梁光偉の会社深圳1華強?集団の所有するビルがあることが判明。 
2016年 インフラ相ポール・ フレッチャーは中国訪問時にファーウエイからもらったスマートウオッチをつけて国会議事堂内を歩き回ったことが判明。そのスマー卜・ウオッチが議事堂ビルの通信ネット・ワークに繋がっているのではないかと調査されるという事件が発生。ファーウエイの豪理事会のメンバーはダウナー元中国大使、ジョンロード元海軍中将が就任していた。 
。豪には 1, 000人 以上の中国秘密工作員が活動していると思われる。(米には 25,000人 の諜報員、15, 000人 の情報提供者が存在) 。

 4、 豪の政、官、学、財リーダーの発言の数々 :
<ヒューホワイト>戦略分析の専門家 。
豪の豊かさは中国の恩恵、豪の将来の繁栄も中国に依存 。豪は米同盟から抜けるべき、中国に降伏するしかない、米中の争いは中が勝つ。中国に対してチベット弾圧、信教の自由などを説教しても無駄、権利、自由等は世界の歴史の大戦略の中では些細なこと。
中と豪の価値観はそれほど違わない :
<ジェフ・ラビン>元中国大使 。中国は今さら抵抗するには大きな存在であり、我々は何も変える事は出来ない。中国に対して価値や人権に集中した姿勢をとるのではなく、経済的つなが りを強化する実用的アプローチをとるべき:
<メリデン・バーラン>シンクタンク、ロウウイ研究所博士 。中国人は高い生活水準と引き換えに政治には関わらないという「社会契約」を結んでいる :
<ボブ・ホーク>元首相、中国企業へのビジネス紹介業;中国が 2,500年続 けてきた支配的地位を維持するのは当然 :
<ポール・キーティング>元首相、中国開発銀行の国際諮問委員会委員長 。
中国のことは良く理解出来ている。米の覇権国としての地位は終わった、中国の台頭には正当性がある:
<ジェフ・ラビン>元中国大使、ボアオフォーラム創設者の一人 。中国に深い戦略や戦略目標はない、国家を成長させるだけ、共産党の生き残りを確保することのみが目標 。豪の米との同盟は破棄すべき 。中国の侵略に豪は十分抵抗出来ない。南シナ海は解決済、人工島の軍事施設を作っても何もしない、航行の自由を求めているのは中国だ 
<カラム・スミス>:豪国立大卒、湖南省社会科学院国際関係研究所研究員 。

中国人ビジネスマンが豪政党に献金することは中国では当たり前の慣習 :
<スティーブン・フィッツジェラルド>中国大使 
・米との関係解消、中国との一体化 :
<ジョン・ハウワード>元首相 。中国経済界が共産党と密接な関係にあるのは承知しているが恐れる必要はない

5、 中国の侵略の手法 
ハミルトンは調査、研究を進めていく内に中国の侵略手法が極めて効果的であることが分かったと述懐しています。 
 ・北京の批判者を沈黙させたり 。在豪中国人を懐柔したり、脅かしたり 。豪のエリート、オピニオン・ リーダーを親中にしたり 
・豪の大学の学者の間に自己検閲が起こるようにしたり その具体的手法は 。豪内外の中国系富豪からの政党、議員、学者、大学への献金 
・豪 リーダーたちの中国系企業役員への登用。あご,あし付きの中国への旅行
・数多くの豪中友好のための組織の創設 。豪、中大学問の共同研究 プログラムの創設 。中国大使館、領事館 による在豪中国人に対する教宣事業推進 ,孔子学院の活用 等々。そしてそれら手法を現実化する根源には北京の明白な長期戦略があると断じています。
即ち 
(1)「 国家情報法」「国防動員法」で中国国内のみならず海外在住の中国人全てに対 し、中國の安全保障の為の情報提供を求め、また一旦事あらば全ての中国人が中国国家防衛のために働くことを義務ずける法的措置を取っている。 

(2) 中国の対外工作を主導する組織 は「統一戦線工作部」でその傘下に「国務院僑務 弁公室」を置き、海外に散 らばった中国人を北京の目的のために動員して、国際的な世論を支配する 
・西洋の価値観を「中国の価値体系」に取り換える工作に従事させる試みを進めている。
(3) 1991江沢民は「偉大な中国の復興」というスローガンを掲げ、愛国教育を強化し、中国社会の安定・成長のためには共産党による厳しい統制と国民の愛国ナショナリズムが必須として共産党一党独裁を正当化した。
(4) 2004胡錦涛は豪の開放性、多文化主義、少ない人口、多くの中国系移民の存在に目をつけ、豪を西欧社会を分断する格好の国と考え、豪を「中国の周辺地域」に組み込む活動を活発化させた。
(5) 2010年 人民解放軍元大佐;
軍事研究家の劉冥福は「中国の夢 :米後の世界大 国の思考 と戦略的態勢」という論文を発表し、自由を越 えた価値観、法を越えた倫理観、民主制度や人権を越 えた共産党エリートによる中国統治の正統性を主張。 
(6) 2015習近平
劉冥福の「中国の夢」を自身のスローガンとしてナショナリズム高揚路線を強化。また「高等教育ガイドライン」で学校、大学を党の「思想工作」における最 大の発信場所と規定。海外で学ぶ中国人学生を共産党の中央統一戦線工作における新たな中心的存在 と位置ずけた。即ち海外に学ぶ学生は同僚学生、教授の活動を監視し北京の方針に基ずく活動 をしているか「告発して報告する」ことが求められた。この活動 には世界に500校展開している孔子学院 (豪に14校、日本に18)と現地大使館、領事館が最大限活用された。 2016年には党や政府の意思決定 に資する研究活動を行う組織としてまた共産党の将来の リーダーをリクルートする場所 として「シンクタンク」強化の方針を出 した。

6、 ハミルトンの提言 
(1)豪の経済も多角化 して、中国依存度を減らす 
(2)日 本、インドとの関係強化 
(3)日 、印、韓、インドネシア、ニュージーランドと「アジア民主国家同盟」の創設 
(4) 日、米、豪、印戦略対話」という非公式安全保障パートナーシップの創設 

7総括 
あらためて中国共産党政権の長期的戦略に基ずく覇権行動の巧みさ、優秀さに驚かされます。 一方で歴代首相、歴代中国大使の全員が親中、媚中派になってしまったという豪の事実、鳩山由紀夫や丹羽宇一郎といった人間を何十人とつくってしまった豪という国はどういう国なんだという疑間には未だ回答を得ていません。
(日本は豪ほど浸食されていないと言う私の自信のない前提の下で) 大きな国土と豊富な資源 を持ち、人口少なく、フロンティア精神の残る社会で、しかも世界の中枢から離れた地域に存在する国に於いては金が儲かるという認識だけで この様 に堕落してしまうものでしょうか
英連邦の宗主国英国に於いてキャメロン首相、オズボーン財相は2015年、中国を最良のパートナーとして中国マネーを呼び込み、景気回復の起爆剤 にする政策をとったことを思い出します。その英国がジョンソン首相の下、一旦決めたファーウエイの導入を2027年までに排除することを決定したようです。その決定に対し7月26日経新聞 Global Eye FTの ライオネル・バーバー前編集長が批判記事を書いています。 
「ジョンソン政権は当面世論の流れに沿って進む以外に道はなさそうだが、中国との正面衝突は回避すべきだ。まともにやりあっても勝ちは無く、出来るだけ痛手を被らないようにするのが最善の選択だろう。英国の大学にとって中国人留学生からの学費は貴重な収入源だろう。金融センターを巡ってはロンドンの金融シテイがオフショア人民元取引やグリーンファイナンス等を通じ、上海証券取引所 との結びつきを強めたいと願っている。だが現状ではいずれも報復合戦によって関係が失われてしまうかもしれない」と。 豪の「China Club」の連中と同じような事を言っています。「武力的、覇権的行動は英国迄及ばないだろうから経済優先で両国関係 を考えて行こうということか ?      
自由、人権、法治 という価値観を共有する民主主義体制が中国の全体主義に圧倒されてしまったら、いずれ英国は苦境に立たされるという事を考えないのか。 この馬鹿、ハミルトンの「Silent invasion」を読んだのか」と怒鳴りつけたい気持ちです。 
日本はこの豪の事例を他山の石としてとらえ、中国の属国になることを避ける (子供や孫が中国の奴隷とならないように)為 、全力を挙げて対中国安全保障策をとるべきと痛感しています。日本は大丈夫でしょうか ? そしてこの本を日本の政,官,,財のリーダーだけでなく国民全てが読むべきと思いました。 2020年 7月28日  増 田幸央

200731  寄稿「私の背骨」下村和義氏


私の背骨  (寄稿) 
 下村和義さん(ノースウエスタン大学博士)


 私は幼少期、テレビとはほぼ無縁の生活をしていた。それはテレビが嫌いだったからではなく、両親が意図的にテレビが映らないように操作していたからだ。テレビアンテナのワイヤーを意図的に切っていたのだ。だから、見られるチャンネル数は非常に限られていた。NHKとローカル局のみ。「うちは山の中だからテレビが映らない」と両親は私と兄を約20年近く騙し続けた。まったく疑いを持たなかった。騙す方も騙す方だが騙される方も騙される方だ。

 そういうわけで、幼少時代の私は外で遊ぶ時間が大変多かった。山の中を一人で歩き回ったり川に魚を捕まえに行ったりして、1日の大半を外で過ごしていた。だから、虫に刺されたり、転んで膝を擦りむいたりなどの怪我は日常茶飯事。そんな時、祖母は私が虫に刺されると鉢植えのアロエを持ってきて、その汁を傷口に塗ってくれた。転んで血が出ると、田んぼの畦道からヨモギを持ってきて、それをすりつぶして塗ってくれた。当時の私は「そんなもんで治るわけない!そんなもんで治るのならツバでも治る!!」なんてひどい言葉を祖母に浴びせていた。しかし、内心密かに自然って不思議だな、昔の人の知恵はすごいな、などと思っていた。今になって思えば、そういった環境が今の私の背骨となっており、自然に対する探究心は子供時代の体験を通して少しずつ育まれていったのだと思う。

 私の生まれ育った町は静かな山間部の農村地帯だ。そこには幼少時代、私が町を出た時とずっと変わらない田園風景が今もなお変わらずにある。季節の変化がない常夏の国ならまだしも、劇的な四季の変化が存在しているのに何も変わらない。そこには微生物も植物も動物もいて、常に世代交代が繰り返されているのにだ。そのような変化の中で、彼らの力関係は見事に平衡状態を保っている。私はこれをとても不思議で神秘的だと思う。まさに、鴨長明の方丈記の冒頭文「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」の世界。
この話を私の幼馴染にしたところ、「ただの田んぼと山だ」と大笑いされたが。おそらく私がそんな風に感じるのは、大学時代を人工的に作られた権化のような町、東京で過ごしたからだろう。ずっと田舎に住んでいて、他の場所と比較することがなかったら、きっと気づかなかったはずだ。この両極端の環境を行き来することで、自分の生まれた環境が私にとって不思議の宝庫であることに徐々に気づいていったのだ。

 さて、アロエやヨモギのように植物から作られた薬というのは数多くある。中でも有名なのがアスピリンだ。代表的なものにバファリンがあり、これは解熱剤、頭痛薬として世界に広く普及している。この物質はヤナギの葉に由来する。ヤナギの鎮痛作用は紀元前のギリシャ時代から知られていた。原因となる物質が分離されたのは19世紀、それが改良され副作用がない形になったのが1897年だ。しかし、その詳しい作用機序(どうして効果があるか)がわかったのは、なんとそれから70年以上経ってからである。

 「薬」という字には草冠がついている。昔から人間は植物に薬効成分があることに気づいていた。おそらく誰もが原因物質を見つけたいと思っていただろう。ただ、「自然界ではどうなっているのか」が常に科学に対する考え方のベースになっている私は、少し違った観点でそこに美を感じ、その魅力に引き込まれる。そもそもなぜヤナギはアスピリンを作っているのか。きっと作るということはヤナギ自身がアスピリンを利用しているにちがいない。それではいったいどう利用しているのか。私の探究心はどんどんかき立てられ、その不思議を解明せずにはいられなくなる。もはやこれは職業病だ。

 現在、私たちも植物由来の治療薬の開発に取り組んでいる。昔は詳しい作用機序がわからなくても、効能と安全性がわかれば薬になっていたが、今は作用機序の解明が必要不可欠だ。作用機序が実証されれば、新たな扉を開くことができる。しかし、私の真の興味はそこだけにとどまらない。アスピリンのように、植物は人間にとっての薬効成分を体内で合成しているのは間違いない。そして、その物質はその植物にとっても何か意味があるのかもしれない。そこが解明されることで私が描いていた「自然界ではどうなっているのか」というストーリーが一つ完結するのだと思う。

 ただ、気をつけないといけないと思うこともある。私は美味しい料理に出会っても、中に何が入っているか、どのように調理されているのかと想像して、しばしば箸が止まってしまうことがある。すると、そこに居合わせた娘たちは顔を見合わせ、決まって「また始まった」と言わんばかりの顔をする。「美味しいんだからそれでいいじゃない。まずいのなら文句を言ってもいいけど。」困ったものだ。この思考回路、変えるのは非常に難しい。しかし、娘たちの言い分ももっともだ。自分の考えていることを伝える時は場の空気を読む必要がある。それは時に自分の頭の中だけに留めておかないといけない。そんなことを娘たちは暗に私に教えてくれているのだろう。
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 私は幼少期、テレビとはほぼ無縁の生活をしていた。それはテレビが嫌いだったからではなく、両親が意図的にテレビが映らないように操作していたからだ。テレビアンテナのワイヤーを意図的に切っていたのだ。だから、見られるチャンネル数は非常に限られていた。NHKとローカル局のみ。「うちは山の中だからテレビが映らない」と両親は私と兄を約20年近く騙し続けた。まったく疑いを持たなかった。騙す方も騙す方だが騙される方も騙される方だ。

 そういうわけで、幼少時代の私は外で遊ぶ時間が大変多かった。山の中を一人で歩き回ったり川に魚を捕まえに行ったりして、1日の大半を外で過ごしていた。だから、虫に刺されたり、転んで膝を擦りむいたりなどの怪我は日常茶飯事。そんな時、祖母は私が虫に刺されると鉢植えのアロエを持ってきて、その汁を傷口に塗ってくれた。転んで血が出ると、田んぼの畦道からヨモギを持ってきて、それをすりつぶして塗ってくれた。当時の私は「そんなもんで治るわけない!そんなもんで治るのならツバでも治る!!」なんてひどい言葉を祖母に浴びせていた。しかし、内心密かに自然って不思議だな、昔の人の知恵はすごいな、などと思っていた。今になって思えば、そういった環境が今の私の背骨となっており、自然に対する探究心は子供時代の体験を通して少しずつ育まれていったのだと思う。

 私の生まれ育った町は静かな山間部の農村地帯だ。そこには幼少時代、私が町を出た時とずっと変わらない田園風景が今もなお変わらずにある。季節の変化がない常夏の国ならまだしも、劇的な四季の変化が存在しているのに何も変わらない。そこには微生物も植物も動物もいて、常に世代交代が繰り返されているのにだ。そのような変化の中で、彼らの力関係は見事に平衡状態を保っている。私はこれをとても不思議で神秘的だと思う。まさに、鴨長明の方丈記の冒頭文「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」の世界。この話を私の幼馴染にしたところ、「ただの田んぼと山だ」と大笑いされたが。おそらく私がそんな風に感じるのは、大学時代を人工的に作られた権化のような町、東京で過ごしたからだろう。ずっと田舎に住んでいて、他の場所と比較することがなかったら、きっと気づかなかったはずだ。この両極端の環境を行き来することで、自分の生まれた環境が私にとって不思議の宝庫であることに徐々に気づいていったのだ。

 さて、アロエやヨモギのように植物から作られた薬というのは数多くある。中でも有名なのがアスピリンだ。代表的なものにバファリンがあり、これは解熱剤、頭痛薬として世界に広く普及している。この物質はヤナギの葉に由来する。ヤナギの鎮痛作用は紀元前のギリシャ時代から知られていた。原因となる物質が分離されたのは19世紀、それが改良され副作用がない形になったのが1897年だ。しかし、その詳しい作用機序(どうして効果があるか)がわかったのは、なんとそれから70年以上経ってからである。

 「薬」という字には草冠がついている。昔から人間は植物に薬効成分があることに気づいていた。おそらく誰もが原因物質を見つけたいと思っていただろう。ただ、「自然界ではどうなっているのか」が常に科学に対する考え方のベースになっている私は、少し違った観点でそこに美を感じ、その魅力に引き込まれる。そもそもなぜヤナギはアスピリンを作っているのか。きっと作るということはヤナギ自身がアスピリンを利用しているにちがいない。それではいったいどう利用しているのか。私の探究心はどんどんかき立てられ、その不思議を解明せずにはいられなくなる。もはやこれは職業病だ。

 現在、私たちも植物由来の治療薬の開発に取り組んでいる。昔は詳しい作用機序がわからなくても、効能と安全性がわかれば薬になっていたが、今は作用機序の解明が必要不可欠だ。作用機序が実証されれば、新たな扉を開くことができる。しかし、私の真の興味はそこだけにとどまらない。アスピリンのように、植物は人間にとっての薬効成分を体内で合成しているのは間違いない。そして、その物質はその植物にとっても何か意味があるのかもしれない。そこが解明されることで私が描いていた「自然界ではどうなっているのか」というストーリーが一つ完結するのだと思う。

 ただ、気をつけないといけないと思うこともある。私は美味しい料理に出会っても、中に何が入っているか、どのように調理されているのかと想像して、しばしば箸が止まってしまうことがある。すると、そこに居合わせた娘たちは顔を見合わせ、決まって「また始まった」と言わんばかりの顔をする。「美味しいんだからそれでいいじゃない。まずいのなら文句を言ってもいいけど。」困ったものだ。この思考回路、変えるのは非常に難しい。しかし、娘たちの言い分ももっともだ。自分の考えていることを伝える時は場の空気を読む必要がある。それは時に自分の頭の中だけに留めておかないといけない。そんなことを娘たちは暗に私に教えてくれているのだろう。
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私の背骨

2020年7月15日水曜日

200715 -3 「般若心経」東洋思想、ディジタルと人生の選択肢

200715ー3(200604続き)

「般若心経」東洋思想、ディジタルと人生の選択肢 
 
 (「14109 議論の正当化は理論の世界だけでない」ご参照)  
 

色と空の意味は何かー(色即是空)
東欧人の移住者か最近のコロナウイルスでの神頼みか、仏教の教えに参加するアジア人や米人が米国にも増えています。元は口伝だった教えが紀元を前後する頃から、サンスクリットで書かれた大乗経典が紀元200~800年の長期に編纂された。
それはチベットや中央アジアから中国にわたる前のものといわれます。仏教の関係書はアセアン(東南アジア)の上座部仏教僧の略本なども2,3冊読んでみたが、信徒への心がけや出家の条件があったり、実践もきびしく難しいと感じます。
紀元後に観音菩薩という概念も加わり、また大乗という流れは「大般若波羅密多経」として600巻に纏められ、鳩摩羅什(クマラジュウ、現在のウイグル地方;4~5世紀)と玄奘(ゲンジョウ三蔵法師;6~7世紀)の漢訳された(中国語に翻訳)モノがあります。

さらに多くの研究者の解説によると、仏道という決まった道があり、標識を見て歩けば実践だというほどシンプルではない。仏陀も長い旅をされ、地方色のゆたかなインド内の各国をあるき、その土地の文化に合った布教をされ、様々な経典に残された考えます。
現在の日本に伝わる様々な宗派ではないかと考えることにしました(むろん日本でも各地の生活文化や相性で経典が選ばれたかもしれません)。
鈴木大拙館の写真その過程を省略しようと大乗の側の俗人への教えの流派の更にまとめたものが「仏説魔訶般若波羅蜜多心経」であるとたどり着きます。
それが「般若心経」と略称され、「布施」「自戒」「忍辱」「精進」「禅定」「知恵」の六波羅蜜という実践の中核で「般若経典」の262文字に込められたという。「無」「不」「空」の実践があると言われる。分かりやすいスタートである。道理を悟り、覚悟ができればよいと。(写真;金沢市内;鈴木大拙館)

求道者は落胆せず、恐れず、失望せず、驚愕せず、知恵の完成を目指せばよい。 
何かを獲りに行くのではなく、心は得るものではない。心は心ではないとは、モノの有無をいうのではなく、決められた規則やルールの従うのでもない。
大乗という乗り物は渡し船のようなもので、人が渡れたら、持って歩く必要はない。

仏道(仏の道)という山に登る決まった道はない
50年前ですが縁あり立川のある宗派の創始者に、米国に発つ前にご挨拶できました。「経典を勉強するのも良いが、まず実践ですよ。」とご指導をうけました。
筆者はルーテル教会に通い、禅寺に預けられた体験はあるものの、米国では求道者になる意識もなく、商社の派遣社員であったに過ぎない。70年代のシカゴ間は直行便もなく距離も遠く、あるメーカの代表は、九州から親の遺灰をもって海を渡った人もいた頃です。

マーケティングを独学し、戦略の上で米国内の競争相手の考えやバックを知ろうと、在米中に歴史本でクリスチャンの活動をよむと、16世紀に日本や中南米にも宣教師を派遣し凄いと知りました。宗教を守護神にした貿易戦士ともいえるものです。それに比べると、仏教は甲冑に身を固めているというのでもない。
他方で仏教は穏やかな生き方を説く。仏教という名の山に向かい歩いてゆけば、登れるほど簡単ではないようです。それは、モノの有無をいうのではなく、決められた規則やルールに従うのでもない。
求道者は落胆せず、恐れず、失望せず、驚愕せず、知恵の完成を目指せばよい。
何かを獲りに行くのではなく、心は得るものではなく、心は心でないという。
徳を持っているのかもしれないが、量ることは出来ない。
大乗という乗り物は渡し船のようなもので、渡れたら、持って歩く必要はないという。

空(クウ)とは何か
 仏教はまずはパーリ語、サンスクリット語、チベット語、中国(南部)語、日本語、それぞれ間に4~5言語の翻訳者が入って日本に渡った。事例で説かれた数千巻の中枢を純化された「般若心経ハンニャシンギョウ」に目標を絞ります。
 ”色即是空”という経文を1例にとれば、Rūpa;(注)色即是空を”色”と訳され「シキすなわち空である」としても、シキが物質、素材だと分かっても、”色”という漢文字が使われた日本文になると、意味がちがうため混乱し誤解する。(是は=)
(注;In Buddhism and Hinduism, rūpa (Sanskrit; Pāli; Devanagari: रूप; Thai: รูป) means 'form'. While it may be used to express matter or material phenomenaespecially that linked to the power of vision in samkhya,) 

座禅やヨーガも世界にひろがりポピュラーです。鈴木大拙師は100年余まえにシカゴ市に18971908年に滞在され、後に禅を世界に広めた由。
(ご縁もあり忘れず触れたいと思ってきました。70~80年代はシカゴのインテリに「お前はダイセツを知っているか?」と聞かれ、知らずあたふたした覚えがあるのです。)
大拙氏は座禅の心理学的効用をたずねる米人レポーターには、荘子の言葉を引用したとある。(金沢の鈴木大拙館に陳列されている直筆のメモのコピーを頂いた引用ですが);

    (荘子)無用、無形、無為、無有、無名、無窮、無極、無事、
    無意、無私、無道、無思、無生、無相、無心、無述
大拙師は仏教の中での心・精神の動きに注目し、そこから心と体を開放するためには「無」の境地を考えておられたのではないかと感じた。私は無はゼロとかんがえ「空」の方に注目しました。(本ブログ15197番外;「金沢で考えた日本の将来」を参照ください)

般若心経の解釈としてか定かでないが、Mガブリエルの実存主義では「心・精神の範囲にバーチュアルな映像、仮想コインなども含める」のも矛盾しないように思えます。   空の境地はモノに喩えると山だといいます;
山を登り、ようやく山頂に届くと、そこに山はなく、広々とした空間だけである。遠くから見れば山があるが、その頂上には何もなく、足元には土がある。空ともいえる。世の中で計れるモノは形を変える。願うモノは、かなえば消える。不足が起きれば生じる。
蒸気も冷えれば水となり、さらには氷となる。気体・液体‣個体の3相です。
漢字で訳された部分を示すと下記である;(舎利子とはリーダ弟子の1人)。
 https://www.e-sogi.com/guide/14635/(フォント・着色;編者)
「新実存主義」マルクス・ガブリエル/廣瀬覚訳、丸山俊一+NHK「欲望の民主主義」制作班

『仏説魔訶般若浪羅観密多心経(全体では262文字ですが半分に省略)
自在菩薩、行深般若波羅蜜多時、照見五蘊皆空、度一切苦厄(舎利子)
色不異空、空不異色、色即是空、空即是色、受想行識、亦復如是 (舎利子)
是諸法空相、不生不滅、不垢不浄、不増不減、是故、
空中無色、無受想行識、無眼耳鼻舌身意、無色声香味触法、()
故、菩提薩埵、依、般若波羅蜜多、                          故、心無圭礙(けいげ)、無圭礙、故、無有恐怖、遠離一切顛倒、    
無想究尭、涅槃三世諸仏、依、般若波羅密多、() 
故説、般若波羅蜜多、呪即説呪曰、羯諦、羯諦、波羅羯諦、波羅僧羯諦、
菩提薩婆柯、般若心経』。

2千年前の経典時代の人の知覚分析は、現代の中枢神経の分類とほぼ同レベル
 仏教の教祖おシャカ様は、人の脳や中枢神経のはたらきを知っておられたと感じます。「般若心経」の心・(知覚)・知識は「色・声・香‣味・触・法」に纏められている。 体の感覚の中枢神経(後述)の働きと、現代ドイツの哲学者Mガブリエルのいう『「心」や「意識」は、「思考」「認識」「意志」「感情」「情動」「自意識」「気づき」』とによって、ほぼ重複し網羅されている。
「中枢神経系について; 現代の医学でも視覚(映像)素材あるいはモノと訳した方が分かりやすい。体の熱さ・冷たさ・痛い等を、体で感じ、目や耳を使い物を見たり、音を聴きます。感覚とは外からの刺激を体の特定の器官が感じとり(感覚受容器)、認識する。
感覚は大きく分類すると下記のように分類されます。 中枢神経は(1)体性感覚:(2)内蔵感覚: 臓器感覚(吐き気など)、内臓痛が含まれ (3)特殊感覚: 視覚(目で見る)、聴覚(耳で聞く)、味覚、嗅覚、前庭感覚(平衡感覚)が含まれ(略)大脳皮質は表層から数えてIからVIの6層からなっています。」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%9E%
A2%E7%A5%9E%E7%B5%8C%E7%B3%BB
 
(一休み;100年前と似て、このカオスと混乱の世の中について俗人‣私見を述べます。
 西欧社会に入ったら、礼儀作法が大切です。しかし、自分の意見は、臆することなくいうこと。周囲の人たちがそこを塞いでしまわぬように、自分のモノだとするには、自己主張の声を上げねばなりません。
 中国やインド、米国でも、感じるのは、大国というのは人口が多く、自己主張をしないおとなしい人は忘れられてしまう。ですから皆が話をし始めると、もたもたしているとパスされてしまう。
先進国では何人か以上の人が集まると、司会役が指名され、適度に全員が意見を言うような配慮がある。国連という先の戦争の勝利国が創った組織があり、各セクションの議長は中クラスの国の中で、まあ我慢できる公平感がある人が選ばれることになっていた。
ここに中国が入ってきたら、まるで我欲の塊りの醜悪な機関になっている。 中国人は自分が表に出なくても、自分の利益を配慮する人間を蔭で(経済補助や金を貸し、蔭で雇い、有利な方向に議論がゆくような影響を与えると言われる)。法治国家でないから、法の解釈もやりたい放題です。
米国も中国に期待して支援したが、裏切られ、現在は民主的とは言いにくいので「自国ファースト」などと言い始めたが、これは反動と思います。米国中西部でも理系の大学で教授職のインド人も多く、世界で一番途切れなく話す人たちと思います。日本人はどこで会話を中断し、考えを伝えるべく割り込むかがチャレンジです。)
 
空(くう)とは自分のための体験の世界・人生;禅寺に泊まって修行するとよい
余り神経質な方でなければ、小学生でも5、6年なら1人で禅寺に預けられても1週間余なら、また質素な生活の体験を得たいと考える方には有意義でしょう。毎日1人というのは孤独感だけはつらいが、コロナウイルス後の皆さんには、厳しい扱いを受けたとは感じないでしょう。むしろ現代のスマホとテレビなど雑音の無い中で、何が起きているかを探して見つける。
そのなかで考えることは自分、家族、仕事という生活の意味の方が大きいでしょう。非3蜜な1日がいかに長いか、「仏教徒とは何か」について、後に興味を持つことになったと思います。米国での長い生活でも、たまに考えた「般若心経」は、ポジティブに受け止めてきました。色即是空、空即是色の”空”が、ある時、無(ム)でなく、空いている時間=何もない大空=ソラという捉え方をしたとき、急に肩が楽になると感じました
空には過去はなく、自分の残された時間や空間と私は受け止めました。この空間は、貴方が決めて、そこが一生の活動の場にできると言えるのです。翻訳される前の”色”(モノRupa)はブツ・素材というインドの意味・仕分けというが、その方が”色”より自然に感じることができます。
 これのような考えが般若心経の解釈として、またMガブリエルの実存主義に含めようとしているバーチュアルな映像、仮想コインなどとも矛盾しない東西の架け橋のように思えます。(他国の過去の時間や歴史をしらべて、慰安婦を捏造するような生き方は異常で、惨めで悲しい考え方だと確信できるのです。)

自分に与えられた空間を力一杯に体験し生きる
空を虚しいと感じるか、広い空のように感じるか、景色の一部とかんじるか、自分自身のために両親が開けてくれた空間と感じるか。翻訳語の文字の似た音か、意訳かによるが、誤解を生み理解を妨げているとも言えましょう。

色即是空と技術革新の接点色と空の意味は何かー(色即是空)
座禅では; 鈴木大拙師は「空とはシェーニヤターで、いわば全世界を包み、同時にそれはまた、世界に存在する一つ一つの事物の中にある。(略)「シェーニヤターは体験すべきものであって、観念化すべきものではない」と言って居られ、無の境地もさることながら、空についても考えておられた。(注;「禅」鈴木大拙、工藤澄子訳p169))
周囲の人たち、とりわけ発言の多いインド・中国人がそこを塞いでしまわぬように、自分のやるべきモノだとするには、自己主張の声を上げねばなりません。「僕が、私がやります。やらせて下さい」とそうした混沌の中で、自分はどう行動で賢く成長させるかです
➀ 自分は何をするために生まれたか、
② 何をしたいか。
③ それを見つけるには、何があるかを学び、観察し、選択して、
④ そこに精神をこめて集中する。
⑤ そこに頑張って空の中にそれを描き力一杯生きることだと言えます。
個々に努力をして、失敗しても構わない大きなことができなくても失望する必要はない。生きるものはいずれ死ぬ。だが将来への夢を持ち、子や孫、次世代に期待することは大きくできる。親はそういう空間を子孫に残し、生きる勇気を与えてゆくしかできない。
そのモノには、残念ながらディジタル化された国民のID、カード情報、顔写真なども含まれ、国際的なハッカー攻撃や、囲い込みの奪い合いのデータ価値も含まれてしまい、創始者の仏陀も驚くようなディジタル化のすすむ現実があります。それでも仏教の教えはそういうモノと私は、今のところ、信じております。

2020年7月4日土曜日

200707-1-(4) デジタル技術と「般若心経・東洋思想とディジタル技術」(200604続き)

200707-1-(4)(200604続き)

ディジタル技術と「般若心経」東洋思想(200604続き)

コロナウイルスが社会をとめて、考え始めた
長年のアメリカ暮らしからもどった祖国。そこは化粧をしているそうだが、どう見ても美女と間違えるワカモノや、中性てきな長髪のブロンドがさっそうと行きかう。お互いにバケあい、うたい踊り、社会のルールはゆるめられ、いったいドコと思う東京。
官邸のリーダ層は「自由な表現ができるのが民主主義」とご説明だが、
「地方自治が民主主義の基本です。」「自治体は自律の結果です」という社会になっているようにも見える。「自粛というのは、国の責任でなく、各人が自発的に休業していただく」「都としては国が明確にルールを決めて頂きます」と政索と費用は国税でとにげる。なるほど、先生方は「専門家」まかせで、ご自分は司会役に徹している。なぜ司会役かと言えば、権限を持つものとして、部下の責任者にそれぞれの職の範囲をあたえ、明確な指示を与え公表する部分が欠けている。ことに数値目標とフォローが欠けているから。
「貴方の自由。責任は国民」と、リーダ責任は消され出てこない。

これにストップをかけたのがコロナ・ウイルスです。
ウイルスの震源は「製造も戻す」という中国産から、一足おさきに菌の国産が始まった
都内ではクラスター=グループ「感染地は”夜の街”つまり新宿です」。
「そんな所で遊んでいないで、早く結婚を」と若者にいえば、
「それができるかは就職先によりますから、正規、定職かパート・非正規かで」。
自分にも昔はお世話になった「夜の街」で、急に声が小さくなる大人たち。
医者・看護婦だった祖父母が生きていたら、「末法の世だ」と言われたかも知れない世界です。

データがつくれない初歩の算数は忘れた社会、
若い方も年寄りも、ほとんどの日本人は本気で良い社会をと願い、まじめに生活している。コロナウイルスの自粛をまもり、何が欠けているのかと考えておられる。
さきに述べた通り、国会の先生方は攻撃はできるが、実行は経験不足で自治体任せ。自治体にも若い人はすくなく、ディジタル化は遅れ、データもないからマニュアルである。
結局はブレーンの中枢が全体と県別のデータが毎週見えないから、戦術もない。
仕事のおくれと空いたホテルの予約係のような仕事で、足りない病棟の隔離病室探しという時代遅れなしごとをやっている。
各県からの最低限でもこういう「OOのデータはオンラインで見える化せよ」という指示は出ていないようだ。2週間もたてば全米の地方別のデータが入手できた米国とは天地のさである。なぜかというと、2、3年での管理職の転勤と、その間の失敗だけをさける制度、
このデータ軽視が、全体のマスクなど衣料品の在庫を掌握していない現状を作っている。
いまや中学で学ぶ代数の微分・積分をわすれた人が多く、感染者グラフのy=ax²のU型グラフで高齢層とわかい議員のコミュニケーション・ギャップが感じられた。また全国の統計が無いのか、マスクなど医療品の製造データも輸出入もわからない。PCR検査機も欧州品を調べたら、ベスト設備は日本製で、国立機関にもあるというから驚いた。
感染者数の集計がおそい理由も、送金(実際の通貨を送るわけでない)に2週間どころか2か月かかるのも、マスコミと国会で与野党が騒ぐだけで、実行確認などやっていないという抽象論のやりとりだったとわかる。
教育・情報と国防;その間に、中国のけんえつを受けていない(だろう)産経新聞によると、中国は尖閣を1月ほど実効支配しつつあり、7月19日(日)紙で沖の鳥島も「あれは島嶼ではなく岩のつきでた岩礁だ」と言い始めていると第1面で報道された。商業とは切り離した情報・報道の自由(中韓の弱点)は汚染されぬよう、国内の関係省庁の防止が重要である。
ここで中韓からの「空港は外国人を全数検査するから安心だから増やせ」ということで観光客誘致に走り始めたらしい。国内品がどんどん中国産に置き換えられ、とうとう京都名産の柴漬けもメイド・イン・チャイナに変わっていた。今年は観光収入で北海道は釧路や小樽が買われ、さらに南方諸島が取られることが無いよう祈るばかりである。
先の政治リーダの責任は国民という全国的な風潮を変えるのはかんたんではないが、1言での結論は簡単です。国民が各人で自分の信じる道を努力し、「結果責任は自分がもつから、政治家や行政官はこうしてください」というだけです。更に大学と研究所を東京から分散し、東京の議員数を減らすことでしょう。

アジアの若者・子供も安心な場を提供する
アジアに限らず、留学生を地方に分散し、彼らにも夜間の日本語学校で半年くらい詰め込む。そのうえで、大きく2つのコースを教える。
1)IT;事務のディジタル化のための仕事のプログラマー、そのヘルパー。
ハッカー対策に有用なエンジニアは中露の技師では危ないので、その周辺でハッキングでいじめられている国からが良いでしょう。
2)インフラ分野での増員を養成する;日本に70万カ所ある橋梁を、10~20年で置き換える。そのための溶接工を養成する。半分はベトナム、インドなどに帰国して、母国の溶接工場から、組み立てられる構造物を輸入する。
全国で求められる、道府県の河川の治水(殊に河川流域から離れた)土砂崩れ防止、高台に移住する。インド・ベンガル地域ほか。
3)アジアの若者にも息抜きの場を;各社が自社への海外研修生を滞在させる施設を持っているが、週末や休日に息抜きできるスポーツ・センター、仏教の寺院、空いた校舎などを活用する。日本の工場経営者のなかで、給与、パワハラ、セクハラなどの問題も報告されており、きちんとした監督と指導のため、防衛庁、警察、教育系の定期指導も求められている。

なぜ仏教が注目されるか
困ったときの神頼みではありませんが、仏教の教えに戻ると、サンスクリットで書かれた「般若経典」の初期の紀元200~800年の長期に編サンされ、それはチベットや中央アジアから中国にわたる前のものです。ながい時をへた解説によると、仏道という決まった道があり、標識を見て歩けば実践だというほどシンプルではない。
実は50年前ですが、立川にある有名な宗派の創始者に、米国に発つ前にご挨拶に参りました。「いろいろな経典を勉強するのも良いが、まず実践ですよ。」とご指導をうけた。仏教という山に向かい歩いてゆけば、登れるほど簡単ではないようです。

仏道(仏の道)という山に登るゆるい道を作ってあげる 
 この道理を悟り、覚悟ができたところに、「空」の実践がある。
米国では求道者の覚悟もない商社の派遣社員であったに過ぎないが、貿易戦士という競争のなかに置かれたのです。歴史本でクリスチャンは16世紀に日本や中南米にも宣教師を派遣し凄いと知りました。40代始めに起業して後にできた布教所に参加してみて、家族はどうしているかが分かります。
日本にもできればよいがと思うのは、海外の布教所のように、子供たちを週末に連れて行かせ、神仏を拝む場がある。できれば安全な運動場がある。台湾、フィリピン、東欧ほかの親子たちとも交流すると、クリスチャンの教会とは違った和があると聞こえた。批判する気はまったくありませんが、アセアンの寺での修業が義務付けられた国ほどではないが。仏教の関係書はアセアン(東南アジア)の上座部仏教僧の書などでは厳しく実践は難しい。
求道者は落胆せず、恐れず、失望せず、驚愕せず、知恵の完成を目指せばよい。
何かを獲りに行くのではなく、心は得るものではなく、心は心でないという。
それは、モノの有無をいうのではなく、決められた規則やルールに従うのでもない。
甲冑に身を固めているというのでもない。
般若心経を選ぶ理由
徳を持っている人もいるのかもしれないが、量ることは出来ない。大乗という乗り物は
渡し船のようなもので、人が渡れたら、持って歩く必要はないという。        
その過程を省略しようと産業面で進んでいたのか、大乗の流派が「仏説魔訶般若波羅蜜多心経」にまとめ上げ、六波羅蜜(「布施」「自戒」「忍辱」「精進」「禅定」「知恵」)という実践にまとめた。それが「般若心経」の中に略され纏められた。
人の逃れられない運命(生老病死)の中で、人の世の持つ災難・災いのなかで、この道理を悟り、覚悟をもつところに、「空」の実践がある(と言われます)
求道者は落胆せず、恐れず、失望せず、驚愕せず、知恵の完成を目指せばよい。何かを獲りに行くのではなく、心は得るものではなく、心は心ではないというのは、モノの有無をいうのではなく、決められた規則やルールの従うのでもない。
大乗という乗り物は渡し船のようなもので、人が渡れたら、持って歩く必要はない。
宗教の重要さは、その神仏の証明やぎろんではなく、家庭を和をもって運営し、適度に勤勉で真面目な子孫を育成するのに助かるという点にあると私は考えます。

空(クウ)とは何か
「色(ルーパ・Rūpa;注)即是空」を訳して「色=シキすなわち空である」としても、原語のルーパが物質、素材だと分からないと、漢字の”色”という文字が邪魔になり経典の意味は分からない。元のパーリ語、サンスクリット語から、チベット語、中国(南部)語、日本語、4~5原語それぞれ間に翻訳者が入っている。事例で説かれた数千巻の中枢を純化されたものが、「般若心経ハンニャシンギョウ」に目標を絞ることにした理由です。
(座禅も流行っていますが、米人には有名な鈴木大拙師はシカゴ市に1897~1908年に滞在し、後に禅を自著でも世界に広めた由。ご縁もあり70~80年代はシカゴのインテリに「お前はダイセツを知っているか?」と聞かれ、知らずあたふたした覚えがあります。)
(注;In Buddhism and Hinduism, rūpa (Sanskrit; Pāli; Devanagari: रूप; Thai: รูป) means 'form'. While it may be used to express matter or material phenomena, especially that linked to the power of vision in samkhya,(翻訳プロセス・出典は、量も多く拙文の趣旨と外れますので省略します) 
般若心経の解釈として、いま欧州で知られるMガブリエルの実存主義(Realism)でのバーチュアルな映像、仮想コインなどとも矛盾しないように思えます。   

空の境地はモノに喩えると山だといいます;
山を登り、ようやく山頂に届くと、そこは山はなく、広々とした空間だけである。
遠くから見れば山があるが、その頂上には何もなく、足元には土がある。空ともいえる
世の中で計れるモノは形を変える。願うモノはかなえば消える。
不足が起きれば生じる。
蒸気も冷えれば水となり、さらには氷となる。
漢字で訳された全文はネットで調べて頂きます;(舎利子とはリーダ弟子の1人)。
https://www.e-sogi.com/guide/14635/)(フォント・着色;編者)
『仏説魔訶般若浪羅観密多心経
自在菩薩、行深般若波羅蜜多時、照見五蘊皆空、度一切苦厄(舎利子)
色不異空、空不異色、色即是空、空即是色受想行識、亦復如是 (舎利子) 
是諸法空相、不生不滅、不垢不浄、不増不減、是故、空中無色、無受想行識
眼耳鼻舌身意、無色声香味触無眼界、乃至、無意識界、
無無明、亦、無無明尽、乃至、無老死尽、無苦集滅道、無智、
亦、無得以、無所得、故、菩提薩埵、依、般若波羅蜜多
故、心無圭礙(けいげ)、無圭礙
故、無有恐怖、遠離一切顛倒、無想究尭、涅槃三世諸仏、
依、般若波羅密多、故得、阿耨多羅三藐三菩提
故知、般若波羅蜜多是大神呪、是大明呪、是無上呪、是無等等呪、
能除一切苦、真実不虚、故説、般若波羅蜜多、呪即説呪曰
羯諦、羯諦,波羅羯諦、波羅僧羯諦、
菩提薩婆柯、般若心経』(以上262文字です)。
これらの機能を表にしてみたものを、後述しました。

2千年前の経典の時代の人の知覚分析は、現代の中枢神経の分類とほぼ同じ
仏教の教祖おシャカ様は、人の脳や中枢神経のはたらきを知っておられたと感じます。 「般若心経」の心・(知覚)・知識は「色・声・香‣味・触・法」に纏められている。
体の感覚の中枢神経の働きと、現代ドイツの哲学者Mガブリエルのいう『「心」や「意識」は、「思考」「認識」「意志」「感情」「情動」「自意識」「気づき」』とによって、ほぼ重複し網羅されている。
 ヒトは熱い、冷たい、痛い等を体で感じ、目や耳を使って物を見たり、音を聴きます。感覚とは外からの刺激を体の特定の器官が感じとり(感覚受容器)、認識する。感覚は大きく分類すると下記のように分類されます。中枢神経は(日本のウイキペディア)
(1)体性感覚(2)内蔵感覚: 臓器感覚(吐き気など)、内臓痛が含まれ 
(3)特殊感覚: 視覚(目で見る)、聴覚(耳で聞く)、味覚、嗅覚、前庭感覚(平衡感覚)が含まれ(略)大脳皮質は表層から数えてIからVIの6層からなっています。

空(くう)とは体験ととらえよう;禅寺に泊まって修行するとよい
余り神経質な方でなければ、小学生でも5、6年なら1人で禅寺に預けられても1週間余なら、質素な生活の体験を得たいと考える方には有意義でしょう。孤独感だけで厳しい扱いを受けたとは感じないでしょう。むしろ現代はスマホとテレビなしの生活の意味の方が大きいでしょう。コロナウイルスでの非3蜜な1日がいかに長いかわかり、少々の事変には驚かなくなくなります。
「仏教徒とは何か」について、後に興味を持つことになったと思います。
「般若心経」では、米国での長い生活でも、ポジティブに受け止めてきました。ある時、色即是空、空即是色の”空”が、無(ム)でなく、エアーでなく、アキ=カラ=ソラという捉え方をしたとき、急に肩が楽に感じました。
無、空、不にからむ文の経文は、仏の六波羅蜜の修業か、あるいは諫めの言葉などが述べられています。
色の意味には個体、設備などの物体ばかりか、ソフトウエアーも含むシステム=構成・機構図も含めることができます。これを面で捉えると時間x(t)をも含めると、人の人生そのものを3Dに表せるバーチュアルなモノも含むでしょう。
四諦(タイ)、五蘊(ウン)、六波羅蜜多、六識、六境、八正道、など教えや、顛倒(テンドウ)罜礙(ケゲ)などの苦しみの例があります。
空とはそれらから離れた、残された空間と私は受け止めました。
この空間は、貴方が好きな分野を選び、学び、気に入れば更に体験します。それが一生の活動の場にできると言えるでしょう
翻訳される前の”色”(モノRupa)はブツ・素材というインドの意味・仕分けというが、より自然に感じることができます。
これが般若心経の解釈として、またMガブリエルの実存主義に含めようとしているバーチュアルな映像、仮想コインなどとも矛盾しないように思えます。

自分に与えられた空間を力一杯に体験し生きる
空を虚しいと感じるか、広い空のように感じるか、景色の一部とかんじるか、自分自身のために両親が開けてくれた空間と感じるか。翻訳語の文字の似た音か、意訳かによるが、誤解を生み邪魔をしてるとも言えましょう。
鈴木大拙師は、「空とはシェーニヤターで、いわば全世界を包み、同時にそれはまた、世界に存在する一つ一つの事物の中にある。(略)”シェーニヤターは体験すべきものであって、観念化すべきものではない」という。(注;)
周囲の人たちがそこを塞いでしまわぬように、自分のモノだとするには、自己主張の声を上げねばなりません。(「禅」鈴木大拙、工藤澄子訳p169)

そうした混沌の中で、個人はどう自分を賢く成長させるかです。
➀ 自分は何をするために生まれたか、
② 何をしたいか。
③ それを見つけるには、何があるかを学び、観察し、選択して、
④ そこに精神をこめて集中する。
⑤ そこに頑張って空の中にそれを描き力一杯生きることだと言えます。
個々に努力をして、大きなことができなくても失望する必要はない。生きるものはいずれ死ぬ。だが将来への夢を持ち子や孫、次世代に期待することはできる親はそういう空間を残し勇気を与えてあげるしかできない。仏教の教えはそういうモノと私は今のところ、信じております。

2020年6月20日土曜日

200626-追 何をすべきか日本の挑戦 ➀ インドから買い、その額だけ輸出する戦略

200626-追加

何をすべきか、コロナウイルス後の日本の挑戦

➀ インドから買いその額を上限に、様々な物品を輸出する戦略
日本のインフラの更新のため、中長期の購入予算を定期交渉で決めればよい。
昔やっていた外貨割り当てに近いが、不足する人材余裕を持つ友好国に求め、その額に相当する相手が希望する物品を輸出できればリスクフリーに近い貿易の拡大が可能になる。つまり、相手国が計画経済でゆくという場合は、予算をきめてその中で経済の成長にあわせて、購入品と価格や数量をきめるのだ。そのプロセスはある額の範囲で競争にするかしないか、メンテサービスなども含むなら、中規模企業の方が柔軟にできるとか、自由度を業種に合わせて交渉する方が良いかも知れない。
インドでは国境紛争があり、中国のティック・トックほかアプリ59種の使用禁止の政策でセキュリティー防衛にも役立てるという。英米他も追随するから日本もそうなりそうだ。https://www.youtube.com/watch?v=glpGPogI2TI)使われているソフトからの個人・秘密情報をつかい様々な情報が抜き取られ、また技術情報を盗られる防止のためらしい。
日本はインド式でつきあえば、中韓とも楽に仕事ができるのではないか国内の事業者も合意する方法で、中長期の輸出入の大枠をきめ、日米はインドと組んで発展しよう。
 中国が各国でやってきた方式;自由貿易とからめた政治的おしつけ、バナナ、日本への野菜への放射能汚染などの「いいがかり」、毒入り餃子、メラミン入り粉ミルク、他をリストし、アセアン諸国とも共有し、集団で交渉を始めることはNATO、日米同盟の強化にも繋がるだろう。

「大手の日本メーカの世界での売り上げの過半は中国で上げるまで頑張ってもらう」という戦略的パートナにといわれる。喜んで頑張る日本企業はアップルと同じ運命になる可能性があり、日本には戻れない可能性がある。大きくなっても本国送金はできず、中国で稼いだ金は中国に再投資を強要される」と米国の税務所が非難していると言われる。

日本のインフラ製品はインドから求めよう
「尖閣諸島は中国領で、日本は島嶼の命名権は無い」と、北京の報道官が発表するのを聞いた。泥棒が居直って日本の所有権の土地の主張にチャレンジしてきたのだ。これこそ彼らが否定する国際法の出番であろう。
尖閣諸島の周辺に中国船が入り込み、日本の漁船を追い出し強奪を始めたという。放置すれば沖縄列島は次つぎに、周辺からもぎ取られて行く可能性がある。
日本は現在最大の輸出相手となったからと、領土と交換に貿易を拡大せず、直ちに取引を削り、インドから重要な製品は輸入すべきだ。 
 日本人が気づかず、あるいは報道がされないため、中国との取引を続ければ、中国の違法な慣習に汚染された民間人が増え、石油ルートも物流も10年以内に南沙の7軍島の一部に組み込まれ、日韓のインド・中東のオイルラインと共に、中国の支配下に置かれるのを許すことになる。
朝鮮半島にも多くの中立的あるいは親日的な人たちもいる。(李英薫氏「反日種族主義」編者)。だが韓国の政府の政策が、過去の捏造された歴史に基づき日本を非難し、経済的な利得(揺すりタカリといえる)を目的とみえる下等な立場を改善するまでは、相手にせぬ方針に変えるべきである。現在の内政の問題をすり替え、注意点をはずしゴマ化す手先が、韓国の軍艦島騒ぎなのだ。彼らの過去は彼らしか変え得えないからです。

ただし、日本のかかわりにふれたら、圧倒的な史実で叩くこれを「両国の友好」などのいい加減な言葉で操作させないことです。中国からの共同研究の呼びかけに飛びつく研究者から、日本の最先端を知ることで、それを米国で学ぶか同国の社員が獲って来る。

週末に日本からの半導体の設計や加工の技師が渡航し、いかに貴重な技術が買収されきたか。日本企業の財産を押さえたら、即座に日本の研究所、子会社のコンピュータを抑えるとよいと漏れ聞いた。野党の助けか知らないが、政治が勇気を持たず産業スパイを抑え、禁ずる法律を作る勇気を持てなかったが、これも表に出るだろうと言われる。
また、テスラ社とパナソニック社の合弁のバッテリーも韓国のLG化学で生産するという。
これで次世代の電気自動車の主要部が日米から中韓に、とんだコロナウイルスである。

② 技術系人材が豊富なインド
1千数百社が進出し活躍している国に、今更というだろうが、インドは貿易赤字国で成長の上限がドルでの借り入れ限度であるようだ。インドは友好的な国民と温和な生活スタイルで、C国人のようにとれるものは獲るという強奪はしない国と歴史が示している。インド経済は日本に似て石油が採掘できず、エネルギーを輸入に頼る国でもあるが、日本と違い13億の人口を抱え、英語を話すばかりか、技術系とくに情報産業に不可欠な人口を抱えている技術者輸出国である。

老朽化インフラの更新のプロジェクトを立ち上げ、インドを第2製造基地に
輸出するインフラ系の製品は少なくても、日本語を学んでもらおう。日本には70万を超える橋梁の取り換え需要があるから、鉄鋼材料の橋梁他のインフラ鉄筋構築物の溶接迄なら、日本が優れた指導者を送り込めば、海洋船舶迄を数年内に輸出できるようになるはずだ。他にも湾岸や大河の上下輸送用のバージを創り、道路が完成する前に国内輸送の代替ルートが確立できる。日本の造船所が空いていれば、造船も行えるし、インド・豪州・英国と協力し造船所を作り、インド・アフリカ路にも輸送船を供給できる。
買える製品ができれば同額の、日本品を売り込む1種のバータ取引をすれば、弱いインドルピーも強くなるはずである
米国やインドと手を握り、日米の老朽化し始めた橋梁の取り換え工事を分担させるだけで、向こう50年分くらいのインドと北の溶接加工の仕事量を計画し、日本語の初歩も教え、溶接工を育成すれば、国内の圧倒的にたりない人材ふそくを補い、需要を創出できる。何しろ日本だけで70万の橋梁があり、その7~8割でも十分だ。それ位のファイナンスは日米だけでやれる筈だし、中国にはドル不足で無理だろう。

日本の国会と行政府のブレーンは、シェルターのある周辺都市域へ分散
緊張感を持つべきブレーンは、ミサイル攻撃に耐えるよう、2,3か所にあるトンネルや山腹の中に連絡室や石切り場の跡地空洞などにも、リモートオフィスで働けるようにしてはどうか。3蜜を考えれば洪水リスクにも耐える海抜をもち、関東の電源マップの外から引いた方が良いかも知れない。イージスアショアが変更になる真空は、仮想敵からみればチャンスであるから、小型原発の予算を設け、先行するカナダ等とも共同で開発してはと思う。国のデータで複製にできるものは、分社化しやはり分散すべきである。

通信の機器他での相互依存
隣国には日本が技術も投資も行ったサムスン電子があるが、相互の歴史上の理由か文化的な大国の圧力か知らぬが、過去20~30年間は捏造歴史の影響もあり、友好的という関係にない。半島が現状を変えないなら、北に対しては多少の支援はしても、深入りするよりは、インドやアセアンとの関係を深める方が、日本人としてはハッピーな関係ができるだろう。インドやインドネシア、マレーシアなどはイスラム人口も多く、それなりの男性の頑張りも敏捷さも感じられるからだ。
通信機器では例えばスマホなどはガラケーなどでは、インドにてスマホもガラケーでも、インドやアフリカでは使えるだろうし、基地局もJVでやれると思う。
上級需要には米国品がある。基地局も日本のNEDOのモノもあるが、あくまで現地人の意見を重視し協力すればよいと思う。

国内で「表現の自由」だけは許せない;共産党中国は自由市場では許されるべきでない
「勝手なことは言わせません。従来のような表現の自由は香港の市民にはなく、中国の1部として許しません。」(移動の自由、自由貿易はある程度許しますが。)
これだけで1年以上の抗議デモが続いていた香港も、いよいよ併合されるか。あるいは日本も1部の希望者や技能者を受け容れるのか。97年から50年は従来通りの条約を英中は調印したはずだ。(https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/hongkong/97/q_a2.html

「コロナウイルスの感染と戦うために、密接な会合、閉ざされた空間、2メートル以内の会話、三蜜として自粛願います」という日本政府が自粛を要求してきた条件によるストレス疲れと、香港市民の疲れとの違いは、「表現の自由」だけでなく生存本能を感じるのだ。
日本のケースは違反の罰則も明確な法律ともしていない。(この曖昧さと、無言の周囲からの圧力を期待する行政の間接コントロール)
違いは香港は市民の自立の維持のためであり、日本は自立も国防もあいまいで、取り敢えず感染の拡大防止のためだけである。香港市民の目標は明確、しかもあと27年で合意により併合される。共産中国が日本の尖閣諸島の実効支配に近い状態にあり、島を管轄する石垣島が名称変更した事に対し『報道官は尖閣は中国の領土であり、勝手な国内干渉だ』と非難をし始めている。沖縄では中国と韓国の選挙中のメディア工作も激しく、同様に北海道の土地をかなりの広さで買い占めていると言われる。だが日本と内戦に至るまでの紛争にはなっていない。外国人の日本の土地の売買に相互主義により、土地を購入するにあたり日本人を代理人として購入するのを禁じていないからだという意見もある。

共有する民主主義、価値観の共有、人権、法治主義は無かったのか
与党はビジネスができれば政治的には中立だという親中派と、表現の自由などを始めとする基本的人権、民主主義、法治主義などを共有するもの親米派にわかれている。    国防上の安保条約を結ぶ日米、間接的に米韓条約などにより米国とのインド太平洋のエネルギーラインまでを共同防衛するものと信じてきた。これに対し、中国がチャレンジするかのような、ベトナム漁船の捕獲物を中国船が強奪するという海賊事件が6月14日(日)勃発したという。日本の領土とする尖閣諸島の領海から、日本漁船を追い出す行為が先週行われたと聞いたが、これに反撃がなく、安心して活動範囲を広げたとも言われる。
https://www.youtube.com/watch?v=PnGatI8wLbI
南沙諸島の人工島を中国が一方的に自国領海と宣言したが、国際司法裁判で訴えられ敗訴しているにも拘らず『判決はゴミだ』と無視した。都合よくか、米国の現大統領の国内での黒人の反政府抗議活動などの隙をつき、コロナ騒ぎをチャンスとする、中国のやり口に貿易ルートを南シナ海に活用する各国、日・(韓?)、ベトナム、フィリピン、インドネシア他アセアン諸国やインドまでが、連携して、抗議と共同防衛のネットワーク活動を行うべきと思う。それでも民主党の米国よりは、何かをしようとするトランプさんの方が、仕事はやりやすいだろうし。

本日の日本国内での外国人不法滞在で国外退去処分者で出国を拒否するものにたいし、罰則を科す「強制退去違反罪」を新設する検討に入ったという報道があったが、大学に留学する外国人学生ほか、国際紛争の準備のため、必要な法的準備をどんどん進めるべきであろう。

「表現の自由」はあるというが、中・韓が日本のメディアの放送内容を支配している?
国の報道に外国人が侵入し、ニュース他で中国の違法な事件の報道が無い。上述した尖閣侵入も、北海道での土地の買い占め、香港の民政への変化や台湾、殆どが欧米のニュース頼りになっている。オーストラリアの反中の動きも無いに等しい。
朝日新聞が”中国にネガティブなことを書かない”条件付きで中国に支店進出して以来、未だに中国の不利な事実は書かない日本のメディアの義理がたさも、バランスの取れた情報に欠け困りものです。50年代米国が反米を抑えたのも事実ですが。
(本郷美則氏;時事評論家、元朝日新聞;https://www.youtube.com/watch?v=XS8pBLslRIw
人間としての人との友好関係がコロナウイルスを遮断するために、密接な会合が通常のビジネスほかでの交流では自然な商業行為であるがそれを否定されたら大変なストレスが生じます。(覚悟のうえで続ける店は、昔の吉原のような出島の上に移すか、免疫客のみ許す通行証を設けては?)
同じくで、コロナウイルスの絶滅は無理で存続と共存が規定された現在、これからの生活はどう位置付けるのか、早急なプランと議論を始めて欲しい。

明白なことは空港で人もコロナも検査をして、保菌者を洗い出し洗浄し、隔離すること。世界一の清潔度を持ち、5Sの製造技術でも優れて合理的な生き方のできる日本人は、その知見を他のアジアの国々にも(善用の条件付きで)共有して生きる事ができましょう。
中韓人をウイルスと混同する気は無いが、チベット人(帰化人)やウイグルの人々の声が聞こえます。
国外での反人道的行為は放置し続けるか
「最近40万人ものウイグルの若い娘さんたちが、みな移動させられて、約5倍の中国人の兵隊の駐屯地域に移された」由。日本にも相当な数の避難民かが増え、これをウイグル人の母たちは心配しているのだと。
韓国は中国の真似をして、自国のことは棚に上げ、慰安婦が虚偽の作り話だとバレてしまったら、また徴用工で一稼ぎをしようとする。(日本も韓国企業の日本法人差し押さえ)自分たちが約束した輸出先の用途の報告書も出さず、こちらのホワイト国の格から外したことに絡み、こちらのルールで縛ろうとする点は、そっくりさんだと見受けられる。それを亦、一々聞かされて、うんざりさせられるのは、与党の断固拒絶する勇気のなさ。

国防でいえば、敵が来るまで武器を持つな、敵が撃つまでこちらから撃つなというような、自衛軍が何も自分で守れないようなルールを作ってきた日本の在りようだ。この腑抜けたような社会を、コロナで閉じ込められた自宅で感じながら過ごした国民がいる。
それもこれもG7を始めとする、資本主義と民主主義の競争で、国境を越えたグローバリズムの強欲に付き合った結果なのだ。アブのようにうるさい隣半島南は、西の宗主国様のごきげん伺いで、冊封のような三蜜な関係をどうぞと言えたら、さぞかし気持ち良いだろう。単純なやり方は、すべて日本国内での訴訟にすることでしっぺ返しをすることだ。ついでに、ミャンマーの山岳民に日本語を教えて、国防軍に参加してもらう。インド人でも良いだろう。

2020年6月17日水曜日

200618  日本のコロナウイルス後の世界への道

200619


日本のコロナウイルス後の世界への道
東洋思想とディジタル技術+実存主義)

(仏教は心) ウイルスに生きる場所を取れぬよう、負けずに生きよう
業種歴が同じかたは少ないでしょうが、製紙・印刷は商社マン時代に関わり、そこから30前に米国で建設機械、自動車産業へと2回の大きな変化を経験しました。
原料から製品のモノ=インクから光へ、光から文字・映像へ、文字からデータや情報へ、情報調査、建機、自動車製造メンテ、産業界はコアの部分が技術革新で変化してきました。


ここ20年は米中ではモノとお金のやり取りで、この貿易赤字を先のばしが進んだ結果が、3対2の輸出入の差が生じ、米中の衝突が起こっている。
これも対中赤字が年間40兆円とか巨額になると、ただ先延ばしや誤魔化しでは解決はしない。変化を造っているのは、人間だと気付かせてくれたのが武漢発の新ウイルスで、大きな変化が起きている。
 サーズと武漢では素人には同じに見えるが。
(出所;NIID;上・サーズ・広東省2002~3年、NIID/NHK;下・新コロナウイルス・湖北省2020年)

コロナウイルスと中国の問題
「追いつき、追い越せ」、「もはや戦後ではない」、「東京を買うお金でアメリカが買える」、「ディジタル時代」、「少子高齢化」、「グローバル時代」色々な言葉をメディアが作ります。大きな変化を知るためには、それほどの知恵は要りません。
戦後の子供時代に小鳥や魚を捕まえたり、禅寺の座禅での経験から、「動くものを見つけるには自分が止まれ。止まっているものは色々な角度から見よ」くらいは分ります
 
今回のコロナウイルスで日本人が1億人余が、戦争時や、その後に似た体験をしたのです。
ここで高齢者は日本人は我に返って、自分の道を見いだしてくれるよう願をかけました
グローバリズムと言われ、すべてをディジタル化の波に乗せようと、2周遅れぐらいで息を切らせてモガイテいるとき、新コロナウイルスが”3蜜”でマッタをかけてくれました。

最悪を想定し身を守る対策を考えるなら、これからは中韓の人を用心し、入国者の携帯にQRか追跡許可を入れ、コロナウイルス並みに用心ぶかく監視し、扱うべきでしょう。
行政や専門家の皆さんに教えて頂いたように、三蜜の環境にならぬように用心し、定期検査をし、データ・グラフを続ければ、異変が見つけやすくなります。;彼らは上海空港で、04年すでに旅客の体温検査をしていたのですから、何の遠慮もせずやればよいのです。(サーズの事後という事でしょうが。)
来訪外国人のデータを 外国客に三蜜を要求できずとも自粛の推奨はできます。日本では下記がベストな新生活ですと、示すのです。希望者には簡単なアンケートに、どこからおいでの地方人か、日本のどの訪問地か、役立つ情報でしょうし、防犯や防疫にも重要です。緊急イーメールも。
➀ 蜜接2メートル以内、② 蜜室空間、③ 蜜集場所、は緩和しても、手洗い、うがいは役立つでしょう

中国は警察監視国 ウイルス発症の地の中国では、周辺国の人々の善意の価値観を自国内では禁じ、信じることをせず、またできない。中国人が互いに信じていない。中国中に全員の行動を監視するカメラが見張り、建物や施設には出入りした人の記録が残され、個人番号ですべてが出てくると言います。どこに行って、何を食べているか、およそ誰とあっているかを監視され、表現の自由もなく、党の都合の悪いことは公表されず削除される。
だが自由圏にくれば、「自分たちを同じ条件で扱え、自由を許せ」と主張する。    

従来、外交では相互主義という原則がありますが、これを無視です。南シナ海の公海に人工軍島を造り、国際法廷で敗訴で否定されたら「判決はゴミだ」と言う無法国です。
すでに英国からは、仏国の技術で武漢に疾病研究所ができたあと、この厄介なウイルスの保管や拡散問題をおこすという警告が出ていたのです。
今回その悪夢が実際におき、その責任から逃げるに必死な隣国人は、よくよく観察し警戒すべきリスクが大きく残されていると、世界に気づかせてしまったのです。

アセアン自衛圏と共同オイルルートを守るグループを造ろう
世界でも最大の人口国を築いた過去も持ちながら、国内で内紛に絶えず外国からの侵略もあった国。最近のたった数年間に、永世指導者の地位に就いた指導者が、世界の人々が創った国際司法制度による判定を「ゴミ」と呼ばわりする国が海一つ隔てて存在する
その世界から、(我が国にも与野党の中にビジネスになれば良いと、そちらにとナビク人も数多く)彼らに欠ける心、仏陀の教えをまとめた国の教えに目を転じてみます。

アセアンの諸国は信教を持たぬグループに圧力を加えられている。そのグループは情報を共有し、インド、ベトナム、フィリピン、(マレーシア、インドネシア、)+オーストラリア、USAなど支援してくれる国々を協賛メンバーとした共同防衛隊を造っては如何か。無論日本が呼びかけるインド、ベトナム、フィリピンで始めたらよい。選挙のある国だ。(韓国が入れろと言ったら追加でいれるか。中々癖のある国なので、他の協力国と図り、きちんと条件をつけて加盟を許すかは、委員会に諮るべきでしょう。)
この項は追記する予定です。

「般若心経・ハンニャシンギョウ; Prajna Paramitaの世界は
200707をご覧ください




2020年6月10日水曜日

200604 東洋思想とディジタル技術+新実存主義の接近(2)

200604


東洋思想とディジタル技術+新実存主義が接近 (2)
100年ぶりにコロナウイルスという細菌のような存在で、世界中がこの半年の災厄を被り多数の死者も出ました。関東圏だけでなく国全体の社会の経済活動を人的に部分停止し、学校の児童教育まで停止し、ようやく首都も抜け出る兆しを得ました。
これで「やれやれ、全力で復旧の努力をしましょう」と台風のあとを元に戻すだけのようでは、何のための大災厄か。それで終わらせるわけには行かない。
40年代の戦争中で「空襲警報発令」で家の隣に父の指導で造られたシェルターに家族もご近所もみんなが隠れ、空襲をやり過ごした。終戦あとコッペパン+粉ミルクの学校給食を食べたことを思い出した。人生の終わりに自宅での蟄居・座敷牢扱いのような生活だ。自分たちの選んだ政府に要請され、同じく復旧をしましょうと素直に同意できないのです。
何が欠けていたかを考え、まず頭に浮かぶのは、自分たちでの信じるものを持たねばならないという事です。ガブリエルが言うように「人間と動物の違いは人は心・精神がある。」(私見を加えれば犬猫でないなら、3、4世代が健全な生活と安定をえる価値観と思想を持ちたい。)

最近欧州の哲学が東洋に近づいてきた
米国で40年以上も、欧米人とビジネス競争してこれたのは、小学生の時期にルーテル教会での日曜学校での聖書や讃美歌を習うなど、話題にできる程度の禅寺での早朝の座禅が役立ったと思います。ユダヤ人や欧州の文化が、東に近づいて来ている感がします。
だがG7の中で、基本的人権としての表現と信教の自由で、誰もが守られる点で、日米欧は中国とは全く違う筈です。それを嘘、だまし、捏造、賄賂、我欲と、物理的な脅しなどで操られるのは、非常に残念なことと苦痛を感じます。この辺の東洋の弱点を補強せねば、将来が安泰とはいえません。
東南アジアの上座仏教国でも、僧職の修業をしていない世俗人間が頑張り、地獄に落ちない道を拓いてくれた仏教を、守るべきだと思うからです。日本はそれに加え、武士道などを共有・訓練し説明できれば、これからの青年も胸をはって生きて行ける筈と思います。

仏教は優しく変化に柔軟な宗教
仏教はBC500年ころ釈迦が移動しながら各地で体験を交えた悟りを説かれ、インドの公用語の1つサンスクリット語で弟子たちによって経典になり、生涯に説いた日常語のパーリ語もくわえ数千の経典に残されたといわれます(注)。
(注;キリスト教の聖書も多数の指導者の話の寄せ集めた伝承です。)
粋は中村元先生「般若経典」が有名ですが、サンスクリット語の原文は日本だけで、チベットや中国には無いと読みました。中国は共産党の支配下では(1党の指揮下の国情)、宗教は許されないのです。
インドでは元のバラモンからヒンドウと仏教が分かれ、ヒンドウが7割、のちにイスラム教も加わり、それぞれの王朝が栄え衰弱した歴史があります。余り知られませんが、最近は日本から仏教布教所が欧米やインドにも出ております。将来の大国に伸びるとき、さらに日本人のインド文化貢献に役立ってほしいと思います。
日本でもアジアの哲学・思想として学ぶ人も多く、最近は多数の入門書も出ております。敗戦後のビジネスマンとしては、非常に頼もしく嬉しいことす。

これから1千年、2千年もたてば、同じ日本人でも食事、文化、交雑(混血)などで生活は変わり、人も言葉も変わります。米国では子育てのためにチャーチに通う移民家族もメキシカン始め多く存在しております。自分が信ずることがあり、それを述べることは信頼につながります。仏教やキリスト教を実践されると良いと思います。
最近の日本では、自由が強くそれに伴う責任感が弱すぎです。子供を産みっぱなしや、過保護、過剰しつけする親もおり、我欲の制御ができていないようです。 
米国では黒人の人種差別こそあれ、一寸極論を申せば虐待や貧困の子供をたらい回しにするNPOや、コロナ検査での行政の差別もミドルクラスでは余り聞きません。
私見を述べれば、仏教は優しすぎるので、神道・武士道・座禅も半年か1年くらい心身鍛錬に使うと良いかも知れません。外国人にも法治で差別(自己防衛)しないで済むには、罰則が要ります
「般若心経とは」
仏教全体での早わかりとして、外国にでて競争しながらも融和を願う日本人として、精神・心の在りようと行動をどう保つか。インドから中国語に翻訳したのは、インド人混血の鳩摩羅什(くまらじゅう)と玄奘三蔵ではすこし違うと云われます。
仏陀が大衆語のパーリー語で説かれた内容は、現在も使われるサンスクリット語で何千という経典に残された。その粋をAC200年ころか短くまとめたのが「般若心経」といわれます。仏壇やお寺の法事のさい、参座者で早口で読経(どっきょう)されるものです。
「般若心経」の色・声・香‣味・触・法の最後の法は意(識)を表しますが、インド流の習慣で前の5語のまとめだと教わりました。(私見では法は中枢神経系と思います。)
このまとめを除く5語の機能は、動物も部分的にせよ人より優れた識別でき、犬の嗅覚、線虫などは尿でガン患者が分かるといわれます。
そのまえに時の流れで表現が変わってくる例を、いま新実存主義(Neo-Existentialism)でポピュラーなM.ガブリエル(以下Mガ氏)の主張の一部を使ってみます。スペースが許せば、折に触れ考えをまとめた拙著「日本をマネジメントする」にも触れてみたいと思います。

新実在主義での精神はドイツ般若心経になるか
上述の実存主義、ことにすぐれた説明力を感じるマルクス・ガブリエル(以下Mガ氏)「新実存主義(Realism;略式名)」廣瀬寛訳をとりあげ、欧州の考えかたをしらべました。
Mガ氏はドイツ人(A.ケルンによればカント、ヘーゲル、マルクス、ニーチェの流れをふむ)のようですが、「人間は他の動物たちとの違いは心を持つからだ」といいます。人間の範囲を、精一杯に広げるのはよいが、”心”を持つから人間だと定義できるか。うるさく言えば、心を持つ動物はいないか、人間でも心のない「人でなし」はいるはずだ。犬や猫など、ペットを大切にする人の多いのを見ると、ペットに”心”が無いと否定するのは無理を感じます。

Mガ氏は触れませんが、エチオピアの未開の地には、電気も文字も学校もない部落があると聞く。そういう”人”はどちらが適当か、言葉か心かで苦悩した結果かも知れない。 
(そのエチオピアの片田舎には、ビル・ゲーツ系基金「世界の子供にパソコンを」(OLPC)からのパソコン数百台の寄付を受け、学校のない地区で英語も何も知らず教えられず、小さなソーラーパネルとパソコンを、5日で使い始めた話は教育界でよく知られています。)      (参照;本ブログ13903「教育は教えすぎ」『その結果、子供たちはすぐに箱を開いていじり始め、5日後には1人平均で毎日47のアプリを使い、英語のABCの歌を唄い、2週目にはゲームで遊び始めた』と記録があるこの話で、NY州の貧困地域の「小学校5,6年生でまともに文字もかけない生徒がいる」と教育委員会はパニックになったそうです。ブログ番号年月を表示
人は神によって創られたというキリスト教徒は、人と動物の距離が近い(輪廻転生)アジア人に危険を感じるのか、人と動物のあいだに明確な区分壁を設けたい印象を受けます。
   
戦後に流行したサルトルなどの狭い定義でなく、心の有無を、ヒトと動物を区別する広義なモノにすると、反って新実存主義は漠とした曖昧なものになり、心脳関係などが掴めないと苦しいと心配です。これは次に述べる仏教の色即是空の“色”の領域とも似てきます。

自分の主張テリトリーを仲間に決めさせる位置づけ(カッコ内は編者)
(Mガ氏は優れた共著者の使い方だが、自分の営業テリトリーを人に決めさせ、評価をたのむ形はユニークである。機器販売の営業マンでテリトリー競争をされた人には興味深い方法に見えるが、民間ではやや談合にも似て、会社間の合意は難しいかと感じる。)
独語のGeistガイスト(精神)のほうが、英語のMindマインド(心)よりは自然や文化の浸透の度あいを上手くとらえているという。2言語の範囲の比較は、EUの中では珍しくないのだろうが、英語だけで精一杯のアジア人には難しい。半世紀まえの教養課程での英語教授の「エスプリ(仏)、ガイスト(独)、スピリッツ(英)の比較」授業を思い出す。

最初の分類;心の存在とディジタル技術
「➀ 全ての考えるものは存在する、② 私は今考えている、③ ゆえに私は存在する」という三段論法と言われたデカルトからの進化といえるか。Mガ氏は思いっきり欲張りな人のようで、「心のある・なしを動物と人間との仕切り」に使えるから、それが自分のテリトリーと言いたいようだ。(オヤ、文字を持つか否かではないのか。)
心の概念が意識の概念とどう違うか、いずれも、「心」や「意識」は、「思考」「認識」「意志」「感情」「情動」「自意識」「気づき」といった心を表す1群のはたらきの関連語とともに、大きな文脈・分類で導入される。(7種類も持ち出して、インドの意識・「」は遠慮したのか。)
技術のドイツ系の得意な分野だが、よく考えると、これは言葉による定義の中での技術ではないか。日本人は金型加工、絞り込み、中ぐりなど、加工技術・工具がとくいだが、モノである。例外としては、からくり人形などもあるが、産業にまでは至らなかった。

ディジタルは文字数とデータ入力のスピードが左右する
プログラミングは言葉では、プログラマーの多い英語になったが、72年創業のドイツのシステムソフトSAP社(米国ではIBM、マイクロソフト、アップルほか)があり現在も有力だ。日本もパソコンの製造はかなり進んだが、ソフト・アプリでだいぶ遅れたのは英語教育でのハンディだと思う。
今回のコロナウイルスでの医療データや、統計に基づく検査サービスでも同じだ。それは、官民ともにディジタル化の遅れである。今までは母国語の大切さとか、モノづくりの重要性とか、立ち遅れた理由を正当化してきた。だが、医療における遅れは、国民の命をあやめるとわかった。不況の回復の補助金の配布遅れは、ただ金を送るだけでも、決定の遅れと、経済の回復を遅らせるとハッキリ見えたのだ。
そして情報の報道、通信にも不可欠と気づき、本気に取り組む必要性が認識された日本は、これから急速に動くと期待したい。
日本語は外国人にもやさしい言葉だときくから、当用漢字を500~700くらいに絞れたら、記憶から思考へ、英語での定義ずけ、工程(アルゴリズム)、数学でスピードアップは加速するだろう。ブロックチェーン以外に独創が欲しい。

生きるという事は脳をつかうこと
要するにMガ氏の言いたいことは、心とは上記したほど広い意味の脳の活動に伴うものだから、それを行えれば人も存在することを実証できると言いたいのだ。
心は自然に生まれてきたら備わっているものではないということになる。
上述のように、文字も持たぬず、電気も学校もないエチオピアの寒村の子供が、初心者用にしても多国語のアプリを聞き、学んでしまえるのは、やはり人間の種族の1員に参加して生きる活動してこそ育つもの。それは意識しながら行動するものといえないかだ。
コロナウイルスでの自粛からの開放で、子供が一番喜ぶのは「友達と遊ぶこと」。
(そこには言葉が不可欠だ)と観察されている。(待てよ、SNSで存在する現在の人口マップも、人の偏在や存在を意味する)
精神とは人間的なものと、そうでないものとを区別する能力であるという。           生活、出産、就労、苦悩、健康、幸福、死などの実存的経験が材料となる。
美学、宗教、化学、哲学などの心には様々な精神の表出がある。仏教を説いた釈迦は、貧しかった2千5百~2千年まえ発達した頃の仏教では「生、老、病、死」と苦しみを表現しているが。

人間の条件の3要素を含む多数の心的要素
新実存主義は非物質的なものを認めない唯物論を否定する存在と位置付ける。だがそれは単に人間的なものとして選んだ”精神”をどう含めた世界なのだろうか。
(精神が存在しないとする唯物論者や共産主義者は、人でなしとでも言いたいのだろう。色々とこれから先への思考、想像がかき立てられると感じさせる本だと思う。)

心・精神が存在し、しかも自然種ではない(だから自分が存在する)といえるのは、専門用語と動名詞てきな言葉の優れた説明で、自転車とサイクリングの違いと同類だ。
サイクリングは自転車というモノを表すだけではなく、自転車はそれを動かしサイクリングする人のためにある道具だと(p96~100)。これは優れた説明だ。
単なる名詞でモノの名が言えるだけでは、心があるというには不十分である。その機能がありそれを表す動名詞まであれば満足な差別化だと。でも「自己欺瞞」がドイツ観念論の支流の「自己意識」の哲学だとするのは短絡で、考え方を認めても、存在論と新実在論の違いは、前者は考え違いを許さないというのだが。

人間は自らを決定する動物である事から逃れられない
精神とする理由は「知性」「悟性」「理性」をふくむからだという(p111)。
それは自己決定、自由の刑に処せられるというサルトルの支流にあることを認め、それでいながら自己による人間否定は、そういう人がいたとしても、それは誤解に基づいているにすぎないと言う。(動物的に自己定義したり、近代生活を否定する自殺も否定する。)
Gガ氏は、人は自由で移動も自由、政治形態の選択も自由、民主主義は悪を認識して正す手続きだとナチスを許したのを見ての唯一の選択肢だという。未だにナチスの出現をゆるした責任を感じて、考え続けているドイツ人がいる。(「欲望の民主主義」
日本人はモノを決められず、様子見や後出しジャンケンばかりしていると、政治家は勤まっても、”人間失格”と永遠の競争相手のドイツ人に言われるかもしれない。 個体としての身体は動物の一種と認めるが、人の理性的な生と自然主義が認める動物的な生とは対立する立場である(敗戦の重荷と責任感はドイツの方が強かったのか。)
 (筆者注;ここでGガ氏のいう心とは、後天的に脳で学べるが、その道具としては言葉と文字により表現できる特性がある。すなわち言葉と文字というツールにより、身体の一部である脳のみならず、体の外部にツールとしてあるコンピュータに、記憶させSNSなどで、アルゴリズムやソフトウエアで思考させる事により分身的働きも可能となる。
「あとがきに代えて」で、2016年のオックスフォード辞書が年を象徴する言葉として、「ポスト真実」をえらんだと述べ、言葉が現実と違う世界を作れると加えている最近は事実や実存ばかりか、ヴァーチュアル・仮想・虚構の世界も生まれ、AI=人工知能が、現実とは異なる世界をつくろうとしていると終えている
これを仏教の粋を集めたという、「涅槃心経」の比較して考えてみたい。
(続く)