2014年6月29日日曜日

14111 正当化論は避けて通れない(2)

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正当化論は避けて通れない(2)
(14109の続き)


日本人が騙されやすい論理

ここまでに3段論法=演繹法と帰納法が主流2論法だと述べたが、宗教を別とすれば、頭で人や社会を考えた観念論派と、自然観察からモノを注目した唯物論があると言え、シンプルに1頁に纏めたものを参考までに次項に載せる。

3段論法はどんな分析でも使える2300年以上昔からある論法。「ABBC、だからAC」というが、演繹法では先に説得できる「BC」という定理やつなぎがあって、それに該当するかを考える。ソクラテスは人間だ、人間は死ぬ、ソクラテスは死ぬというもの。
つなぎの「BCである」が曲者だ。だましの専門の隣国人などを議論に入れると、”事実”そのものをずらすから、この段階で割って入り、話しをずらそうとするのはよく見る光景だ。3段論法より帰納法がよいのは、ごまかしが少ないのだ

たとえば、「ADNAをもつ」、「DNAは異変を起こしガン細胞ができCになる」、「ACであるからガン細胞で死ぬ」という議論。
過去と現在のすり替えや、範囲の拡大や縮小のごまかしがある。
南京大虐殺、慰安婦、「強制労働の非人道行為」もおなじ手法である。いくつかのひねりがある。(更に議論を混乱させる気はないが、騙されやすい人のために、(3)で後述する)

論理をごまかす”事実”の変造

戦時と平時では適応される法律が違うから戦時の兵には平時の刑法は適用されない。中国の国民党と共産党の内戦(civil war)地域では戦った日本軍は戦争行為だったと言える筈だ。
どこの法律が誰に適用されるか、時期は極めて曖昧で、どこの法律に違反したのか。たぶん無法状態だったのだ。それを現在の法律があったかのようにいう。南京の”大虐殺“などはあったかどうかの前に、こうした言葉と状況の把握を誰がするかに操作がある。

中国内の内戦で何千万人が殺し合いで死んだ時期に、日本軍が人口30万人の南京市の全員を虐殺というのもおかしいと感じたのだろう。人は殺されるなら、逃げるから8割は逃げただろう。その後、数字を増やして非難を続けている。
(南京事件の"証拠”資料には60枚以上の写真が添付されていたが、それらは総て日本の別な出版物のコピーやその改変だと、最近の学者が証明したとYouTubeで報道された)

こういうアジア近隣国の詐術、言葉のごまかし、史実の捏造は、2500年の正当化の論理の発展史の中でみると、ガン細胞のようなものと考えて、摘出手術をしてゆかねば、全身が侵されると考える。

今の国ができる前、併合されていた時期の半島住民の“強制労働””慰安婦問題“などもその類で、日本はこういう欧米人(ましてリーダー達)ならまず引っかけらない議論への反論の教育(倫理・分析哲学などとよばれる)を強化したほうがよい
大部分が乞食同然の生活をしていた時期の人道などを文句をつけるのは、後付けの議論だと突っぱねるには、当時の生活レベルを事実として知っていた方がよい。キム・ワンソプ『親日派のための弁明』はまともな内容だが、この書は昨日米国でもアマゾンで入手できた)

なお「オレオレ詐欺」(なりすまし=すり替え)は海外、特に米国などではありえない。金にからむことは、まず疑って裏をとる訓練があるからだ。集団自衛で、相手が撃つまでは反撃できないなどという近燐国の代理人のような議論を真面目にやった。
米人なら「貴方達は人権以前に市民の命を守る気があるのか」と強い民意が出る。命が先か人権が先かだが。

そこでまだ定理がない自然物はどう纏めるかと考えると、様々な事例を集めて、そこから共通項(条件)を絞る帰納法のほうが科学の主流になった。そして20世紀からは分析哲学といわれるものが用いられているが、これは論理の正確性を検証する。

マルクスの弁証法による階級闘争とその日本的克服

前後するがロックのあとドイツではカントの批判哲学、ヘーゲルの観念論が主流となった。米国の大学では教養学部と専門学科の間で「批判的な思考」という講座がある。多数の意見があるが、カントは批判哲学により、自己の存在を表している。ヘーゲルに関しては弁証法的な発展をするものとして人間と歴史を捉えており、マルクスに引き継がれているdialectical materialism)

ヘーゲルの弁証法は、産業革命の時代背景のなかで主張され、生産設備を持つ資本家と持たざる労働者の交換価値が労働だと、2階級に分けられた。その衝突を経ながら、正・反・合で社会は向上するという議論となり、貴族・ブルジョワと対立した労働者には共産主義思想が欧州では広まった。

だが日本では資本主義対労働者階級という衝突が、国を2分するような分裂にならなかった。国有企業の国鉄などがストになった位か。それはまず国土が狭く、対立する大きなグループを好まない、平時は女性的な温和な風土と、終身雇用+年功序列が導入され、企業別で行われたことにあった。下記の組合の分割はその例である(注)
  

2つの大戦のあと、国有企業の業務の民営化や私企業の発達により、株式が公開されると、理論上はだれもが資本家になりうる環境ができた。
誰もが株主になれる国と、殆どが国有企業の国とでは同じ条件での貿易は長続きできないはずだ。自社の利益のために判断する国と、相手国を不利にさせる判断とは別な判断や優先順位があるからだ。破局は国際規模でおこる可能性を残している。TPPでの交渉が壁にぶつかるとしたら、この違いがあるのだろう。

長くなるので続きは来週にも(3)を後述したい。

(注;戦後日本史(連載第15回)その手始めは1986年の解散総選挙であった。この時、中曽根は憲法違反の疑いも指摘された衆参同日選に踏み切り、自民党を衆議院で300議席を獲得する圧勝に導いた。対する社会党はわずか85議席の歴史的大敗であった。こうして成立した巨大与党の力で、中曽根政権は国鉄の実質的な解体を意味する分割民営化を政権最後の大仕事として推進し、やり遂げた。

その効果は絶大であった。中曽根政権が退陣した2年後の89年には、総評と民社党系の全日本労働総同盟(同盟)などが合流して日本労働組合総連合会(連合そ)に再編された。この戦後労働運動史上画期的な出来事は、(略)実際のところは国鉄労組に代表されたような戦闘的な労使対決型労組から旧同盟のような労使協調型労組への歴史的な転換を意味した。スト権を自ら凍結してしまう「物言わぬ労組」の始まりである。(ウイキペディア)
 






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