2013年6月21日金曜日

13612日米ともに建前から外れてきた部分はある【027】

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日米ともに建前から外れてきた部分【027】-1

米国では《過去30年上位5%の富裕層の資産は、85年の8兆ドルから07年には40兆ドルと5倍になっている。投資利益への課税が平均17%では低すぎ、最大多数の最大幸福を支える功利主義から外れて、人口の1%が国の3分の1以上の富を所有するのは明かに不条理で社会不安の始まりだと言う声がある。

 投資環境としての米国

国の役割の第1は、国民の生命と財産を守ることである。つまり、国防と治安に次いで重要なのは職の安定と経済環境つくりである。70年代からの体験でいえば、ベトナム戦争後、ドルと金との交換(兌換)が停止され360円が308円に切りあげられても、日本企業は為替差を克服し輸出してきた。米国は販売価格凍結(Pricefreeze)、ダンピング提訴、トリガー価格など貿易障壁による対抗策を次々と繰りだしてきた。

日本が官民ともにあらゆる知恵を絞って対抗、交渉、対策を講じてきた渦中にいたので日本からの見方とは違うかもしれない。一部の例外を除けば、殆どは米国ですでに造られているものを安く輸出しようというのだから、日本企業はすみ分けではなく米国内産業とのぶつかりあいであった。

ライセンス生産の契約をしてくれた相手を買収するような、欧州メーカー式にのれんを買うよりは、対決型で輸出主体の会社が多かったのは、国内の雇用優先の産業育成政策だったからだ。その結果85年のプラザ合意で円高に誘導され、なんと2~3年の短期間で250円から125円への円高で、日本品の輸出価格は2倍になった。

ここで米国のように労働者を輸入しない結果、人不足になりこれが契機となり日本メーカーは自動車をはじめアメリカで製造を始めた業種も多い。そして急な円高で不動産の価格が倍になる投機でバブル、銀行合併、住専問題になったのだ。

しかし、米国はドル安になったのだから輸出に力を入れるかと思えば、90年代にMBA重視の金融投資で利益を上げる方向に走った。設備投資で生産性をあげるよりは安易な低賃金のアジア諸国に生産を移転したのは最大の思い違いだったろう。中国には恩義に感謝するどころか、敵対しモンスター化し始めたからだ。いま大きく方向転換している。

② 民主主義が衆愚に陥るワナを逃れうるか

日本人の人権とはどこから与えられたものだろう。憲法公布から半世紀も経ち、米国によって造られたから、根拠がないと無視できるだろうか。英国の植民地からの独立戦争で植民地人が創った理念は、イギリス人のもつ諸権利にその多くを依拠していたが、「人間の諸権利」というもっと根本的な定義がうたわれていた。

それでは日本人がいま憲法の何を改定するかである。ガンコントロールができない程の危険な社会ではないし、自由経済と幸福の追求がゆきすぎた貧富の差も、日本ではさほどの格差になっていない。ハッキリしているのは、《毎日が安心して生活できればよい》という大多数の市民では、《起ってみないと判らない将来は決められない》のである。

代表者を民主主義の選挙で選ぶと、過去や現在の問題の解決とその金銭勘定ばかりに時間をとられ、大事なことはすべて先送りにすることになる。現在の問題は税金のぶん取り合戦で処理するとしても、これとは別に、未来を決める本当の代表=リーダーの人選は、すこし次元の違った思考が加わる必要を感じるのだ。

米国の生活レベルで気になる現象や問題の主なものを列挙してみる。
これらは同盟国として友人である日本は、表立って指摘し批判する立場でなく、一緒に解決策を考えるべきだろう。TPPの交渉でも、米国内の問題点を指摘(批判ではない)し、予防策を講じるためにも《何でも自由》は、反って自由社会を衰退させるという反論を期待したい。憲法12、13条には自由は《公共の福祉に反しない限り》という条件付きだが、表現の自由でどこまで他人の自由を侵害できるのか。

u 問題点をあげれば、麻薬が社会に浸透、大学の学費、健康保険寮の値上げ幅がインフレ率を大幅に上回るケース、暴力とセックス番組の増加、ガン犯罪、会社の業績に連動しない巨額の役員報酬、過大な供給者側の政策への影響力などである。

 
日本の政治はこれらをどう予防するか。財政上の理由からも米国のいいなりになれない部分が《自由》の中にあることをTPP交渉などで主張するほうが良いと思う。無論、人権軽視と腐敗の隣国にフォローする気はないことも明言する必要はあろうが。

 自由経済は市場任せではバランスを失う

(A)社会主義国との取引  
世界の人口の4割を占める新興国、ブリックスの労働人口28億人の1割が製造業に従事しているとすれば、それらの低賃金な1党独裁国や社会主義国の大国と自由でオープンな輸出入をすれば、こちらの製造業は移転して技術を吸い取られるのは明きらかである。相手の輸出だけを自由化したいといってきても聞くわけにはゆかず、せいぜい相互主義しかないだろう。

(B)未成年者の商品化と教育阻害  
もうひとつの懸念は家庭内での子供の時間の商品化である。近代化にともない製造業は販売先を国や自治体から企業に、そして消費者へと拡大し、家庭内の共有商品としての家電品から個人用のパソコン、ゲーム、ウオークマン、アイ・テューン、アイポッド、SNSへと拡大はとどまるところを知らない。最近、信州大学の入学式で大学へ入るかスマホを選ぶかという挨拶があったと聞くが、勇気ある言葉である
 
自由経済活動の名の下に、商品の個人所有によって、子供の時間まで侵入し自己喪失に繋がってゆかないかという危惧である。

情報産業の便利さと重要性はわかるが、十分な言語能力を身につけずゲームに明けくれた子供や携帯で友達とつながれた未成年は、どんどん簡略化されたデジタル俗語に囚われとなり、まともな大人言葉でのコミュニケーションに障害をもつ子供になる。

各人がもつ最も重要な価値が持ち時間である。これを子供時代に家庭内での教育時間から奪われることは防止したほうが良い。1日1時間しか動かないようセットできるゲーム機や、夜の9時以降は通信できない携帯などは、未成年の保護にも役立つ。半人前の未成年は携帯は買えない法規制をつくり、親が使用時間制限の義務を負うほうがよいだろう。

自由は無制限ではなく、未成年の未納税者は半人前であるとし、公共の長期利益のために規制する自治体があってよいと考える。大人料金を払わない子供は乗り物で座らせないことだ。これをアジア全体でまたは環太平洋地区では「例外なく1律に」自由化しては欲しくない。私は産業の国際自由化は賛成だが、未成年保護の立場で、文化的制約があってよいと思う

(C)自由主義の限界  
サブプライムの問題は、米国では規制緩和でチェック・アンド・バランスが軽視され、十分機能していなかった反省がある。規制を全く執行しなかったと指摘する意見や、法案に抜け道が多すぎたという意見もある。
 
年金問題はいずこも同じで、破綻の可能性を抱えているが、また金利が上がれば日本が1番苦しい立場かも知れないが、税収に対する2倍の支出で赤字財政の現状を、どう歯止めをかけるべきかを議論する必要もある。漢方薬治療か、副作用はあっても早期治療の劇薬かである。
ここで党派をこえて国民の財産保護という憲法上の権利と義務が議論され、金融の基本と国民の財産(利益)保護が主張されたのは、長い目で見ればよかった。これがアメリカでは財政再建へと、中東からの撤退に繋がっている。日本の場合は、ようやくデフレ組みを抑えて、インフレ(リフレ)が採用され、この先、国債の償還を進められればと世界は注目している。


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